ブログネタ:今、10年後の自分にタイムカプセルを贈るとしたら、何を入れる? 参加中崩れかけた寺院のある小高い丘に登ると、見渡す限りの深い緑のジャングルが視界には入ってきた。樹木の隙間からは薄っすらと靄が立ち上っている。チェンマイからどの位来たのだろうか、国道に沿ってずいぶん走ったような気がする。
Tシャツからでている腕や半ズボンの膝より下は真っ赤になっていた。崩れかけた壁に囲まれたチェンマイの旧市街から出、少しバイク走らせるとあっという間に黒い雲が広がり、そのうちサングラスが細かい雨粒で一杯になり視界が無くなった。ずっと前を走っていたソウはウィンカーを出し路肩にバイクを止めた。
バイクのスタンドを立てキィを抜くと、道路脇にあった小屋に駆け込み早く来いというように手招きをする。直ぐ横にバイクを止め、同じようにキィを抜き指示通りに小屋の中へ入る。5人も入れば一杯になってしまいそうな木造の小屋だ。何のための小屋なのかわからない。バスの待合所にも見えたが、それしては小さいし、椅子が用意されているわけでもない。
外はみるみるうち夜のようになった。ポケットからハンカチを出してサングラスを拭いていると、雨粒が落ちる音が響きスコールが始まった。窓の外は暗く雨で遮られていたが、なんとか視界はあった。雨で作られた壁の向こうを良く見ると、農夫達が裸の上半身で田を耕している。大粒の雨に打たれながら、泥だらけになり黙々と働いている。雨滴は彼らの体を打ち、田泥の中へ流れ落ちていった。
時々空を見上げ、顔についた泥を雨で洗い流す仕草をする。雨は勢いを増し大粒の雨滴がトタンで出来た屋根を叩き地響きのような音を立てる。ソウは諦めたように煙草に火を付けくつろいでいる。「こんな雨になったらもう動けないんだよ」そんな風に言いたげだ。いつ止むかわからない雨と、畑で働く泥まみれの農夫達の姿を見ながら時をやり過ごすしかなかった。
ソウが3本目の煙草をすい終わる頃になると、空は明るさを増しあっという間に青空が広がった。ソウは行くぞという風に促したかと思うと、サッサとエンジンをかけている。小さなエンジンの音が、雨のあがったばかりの田んぼに響き渡る。そんなソウに続いてエンジンをかけ、既に走り始めたソウを追いかけるようにアクセルを開けた。
雨の降る田んぼを抜けると、雲の間から暴力的な太陽が容赦なく紫外線を浴びせてくる。服から出た部分は無防備に光線にさらされた。バイクで受ける風などその光には何の役にも立たない。そのうち肌が赤く焼けヒリヒリと痛みが走る。長袖のシャツを着てこなかった事を後悔する。
そうしてしばらくバイクを走らせると他の車が見えなく無くなり、険しい山道に入った。国道の周囲は深い森が広がり、尾根に沿って曲がりくねった道が続く、高度が増すと空気が涼しくなり、肌に当たると気持ち良い……峠を越え少し行けば、そこはチェンライという大きな町がある筈だ。
バイクでタイの北部を旅行するそれがその旅の目的だった。そうやって、バンコクから夜行列車に乗りチェンマイまでやってきた。チェンマイでソウに会って友達になりバイクを借りられる事になった。
チェンマイでソウからバイクを借りた時は一人でどこまでいけるのか不安に感じていたが、ソウも一緒に行くという言葉を聞いて安心し勇気がわいた。
こんな風にソウと二人の冒険(自分にとっては)旅行が始まった。先ずソウが目指しているのは、その街からさらに行ったメイサイと言う街、次に、その町より少し東にあるミャンマーとラオスそしてタイにが交錯する地帯だった。チェンマイから長い道を走破しジャングルを抜け峠へ辿り着いた。もう直ぐ最初の目的の街チェンライだ。チェンマイ程大きな街ではないがタイの北部の中では比較的大きな街だ。
街に入ると小さな路地もバイクと車でごった返している。ソウと同じスピードでバイクを走らせる事などとてもできない。ゆっくりとバイクを走らせているとソウを見失ってしまう。ソウの後に続いて街に入ったので自分の所在が分からなくなり、自分の所在がわからなくなった。ソウと連絡を取る手段も無い。
道路脇にバイクを止めて地図に目を落としていると、派手なクラクションが聞こえた。目をあげるとそこに手ぬぐいを鉢巻のように巻いたソウの不機嫌そうな顔があった。ソウはついて来いというような仕草をする。今度は意識的にうっくりとバイクを走らせてくれたので見失う事はない。
町外れの小さな宿にソウと宿を取り泊まることにした。時間はあったが急いでも仕方が無いゆっくりと行くのだ、ゆっくりと。何故かそう感じた。大自然の中にあって自分の時計がゆっくりと進み始めた気がしていた。
次の朝、メイサイまで一気にバイクを走らせ、小さな川を渡って国境を抜けて隣の国に入った。道路はいままで走って来た舗装された国道とは比較にならないほど酷い。未舗装の道路にできた大きな穴や水溜り、ぬかるみにタイヤを取られて滑らせながら、ソウのバイクを追って目的地を目指す。
ソウはジャングルの中へ入り、一軒の小さな家へ入ると缶にガソリンを入れて持ってきた。ガソリン・スタンドなどないのだ。普通の家で蓄えているガソリンを分けてもらったようだった。ソウはあと少しだと言う。自分のバイクへガソリンを入れ、そして残りを手渡たす。
パスポートもビザもゲストハウスに置いてきた。それが旅へ出る条件だった。顔を東洋人だからバレる可能性は少ないが、捕まれば外国人は少し厄介な事になる。はやく目的の場所へ着きたいと言う気持ちが逸る。泥にハンドルを取られ、ソウの巻き上げる泥で、頭から泥だらけになってようやくその場所へたどり着いた。
バイクを置いて小高い丘に登る。丘の上には壊れかけた寺院が寄生植物によって乗っ取られ、崩れかかっていた。明るくなったジャングルからは太陽の熱で、ジャングルの中から白い蒸気が立ち昇っていた。どこまでも広がるメコンデルタに言葉を失った。
ソウはそんな風景を見ながら、クールにポケットから煙草を出して火をつけた。
■そんな夢をタイムカプセルに入れて大事にしまっておきたいと思います。記憶という曖昧な物ではなく。
■閏年です。
■完全休養にしました。走らない、泳がない。