ブログネタ:虫のついた野菜と虫のついてない野菜、どっち買う? 参加中

自動扉を抜けて化粧品コーナーの香りを感じながら建物の中央に作られたエスカレーターへ向かう。その場所へは目を瞑ってもたどり着く事ができる。建物の中央にある下りのエスカレータで一階だけ降りればその場所だ。フロアは開放的に広く、どんな季節でも冷たい冷気に満たされている。

エスカレーターを降りてそこへ降り立つと夏でも冷気が体を包む……そんな場所だ。先ず目に入るのは果物と野菜の陳列棚、きっちりと定規で寸法を測り、秤で同じ重さを物を集めた野菜の陳列棚の前に行く、どれをとっても特徴の無い野菜達。

キュリや大根は真っ直ぐに一様な太さを持ち、測ったように同じ長さだ。どうすればこんなに正確に同じ野菜が出来上がるのか不思議でならない。キャベツも一様に同じ丸い形をして同じ密度で重さだ。どのキャベツにも同じ値札が貼られているが不公平感を感じない。

袋に詰められたにんじんやジャガイモにも特徴は無く、一箱買っても取り出してみても同じ形の物が出てくるに違いない。季節外れのチェリーは箱の中へレゴブロックのように規格通りに並べられ収められている。野菜だけでなく果物も続く豆腐の陳列棚と比べても人工的な感じはなんら変わらない。

それらがプラスティックで出来た見本と言っても解らない。見本を本物のように作り、そして今、本物を見本も様に作る。良く出来たプロダクションだ。DNA操作によって出来上がった幾つかの穀物や果物は何の主張も特徴も無くただ大人しくその場所に陳列され、消費者が無造作に買っていくのを待っている。

遺伝子操作された野菜や穀物は温度や湿度にも耐久性があるばかりでなく、害虫にも耐久性を持っている。害虫に食べられないような種子や葉を人工的に与えられた野菜が、無表情に陳列棚に並べられている。そんな無表情な食物を、無頓着に胃の中へ入れ、栄養として細胞へ溜め込むのだ。

確かに昔の野菜には寄生虫が居るものもあった。そしてそんな寄生虫が体内へ侵入する事もあった。でも彼らには表情があった。個性があり特徴を持っていた。一つ一つは異なる形や曲がり方をしていて、陳列棚の中では決して優等生では無い存在だった。

今はどんなに葉を毟っても、どれだけ葉を剥いでも、中から現れる次の葉は毟った葉と全く同じ色や形をした葉が現れるだけなのだ。そして何処まで剥いでも中から生き物は出てこない。まるで蝋で作られた見本の野菜のようだ。そしてそう思って食べるとまるで口の中が蝋の味で満たされるような感じがする。

無表情な野菜の味は、無味乾燥な蝋の味なのだ。真実を教えよう……スーパーの陳列棚に並べてある野菜は皆、合羽橋の蝋細工屋で味まで巧妙に仕組まれた蝋細工の精密な野菜細工なのだ。味に無頓着になった消費者は、見かけの美しさに騙されてそれが蝋である事がわからない。

もう一度スーパー・マーケットで手に取ってきっちり眺めてみて欲しい。きっとわかる筈だ、それが蝋の作り物である事が……
■Run 4Km Swin 1Km膝が痛かったけど泳いだら抜けました。水って不思議ですね。