ブログネタ:子供の頃の夢 参加中コークスが入ったばかり、鋳物でできたストーブは真っ赤になりストーブの上に乗せられたヤカンの口からは勢い良く蒸気が噴出していた。教室の後ろに並んだ父母は寒そうにコートを着たまま授業を観ている。先生に見つからないようにそっと振り向くと、先生が質問する度に我が子を心配そうに見る。
どの父母が誰の母親、父親なのか顔を見れば直ぐにわかった。それに自分の子供が手を上げて質問に答えたり、先生に指名されたりすると少しそらそわとした仕草をした。小学校3年生の授業参観の風景だ。その頃母親は仕事を持っていて、平日に開催される授業参観へ来ることは無かった。
手を挙げて発言しようが、先生に指名されてちゃんと答えられても誰も喜びもしなかったし、間違えてもだれも悲しみもしなかった。それが小学生時代の思い出だ。友達は授業参観日の当日はウキウキして普段よりちょっと綺麗な服を着たり、身だしなみを整えたり、少し違って見えたが自分は違っていた。
何もかも普段と変わらないし、あえて目立つ必要も無かった。増してとても内気で内向的な性格だったので、父母が見守るような華やかな席で活躍するような大胆な事だけはしたくなかった。答えがわかっていても友達が手を挙げれば、わざわざ手をあげるような事はしなかったし、自分から進んで発言をする事も控えた。
それは授業参観ばかりではなく、理科の実験や家庭科の実習でも他人を差し置いて自分が率先して物事に当る事は無かった。そして通信簿の先生からの通信欄にはいつも「積極性が足りません、積極性をもって物事に取り組みましょう」といったコメントが添えられていた。
小学校の卒業式にアルバム製作の表紙の絵を描いたのが、一番表に出た行為だったかもしれない。卒業する時、将来何になりたいかと言った質問があったが、そこに「読書家」と書いたのを覚えている。その頃本を読む事が大好きで、そんな職業があるとは思わなかったがあえて「読書家」と書いた。
それについて、先生も咎めなかったし誰からも批評を受けたりはしなかった。その「読書家」には2つの意味が込められていた。一つは文字通り本をづっと読み続けていたいという願望、もう一つは本を読んでいれば人前に出なくても他人と関係を持たなくても良いんだという願望だった。
そう、本当にその時なんて書きたかったのか思い出すと、「誰でもない……anonymous」だった。そう、席にいても先生にも指名されず、友達からは忘れさられ、誰からとも関係を絶ち、本の中で生きていくそんな人になりたいと真剣に思っていた。
中学生になり高校生になってもそれは変わらなかったし、今でも同じなのかもっしれない。それでも、ある授業参観の時、皆がわからない質問があった。その頃人より多くの本を読んでいたので、先生の出したその問題はとても簡単に思えた。誰も手を挙げない中一人手を挙げた。
先生は「あれっ」といったような顔をした。何故皆が答えないのかわからなかった。胸を張ってはっきりと大きな声で回答を言った。皆の視線が集まる「うそだろ」そんな視線だった。何故か「しまった……」とそう思う。次の瞬間、友達のお母さんが「すごいわ~」と声に出した。……それが何故かとても嬉しかった。
■My farter asked me that what am I going to be? I said "I want to be no boday dad." I wanted to be an anonymous.
■Run 24Km 江戸川沿いの道、東京マラソンを走っていたランナー3名とすれ違う。皆もう本気モードで走っている(はや)、手を上げて挨拶。行きは無風状態、良い天気に恵まれたと思った……本日の折り返し地点から引き返す。風が次第に強まる風雲急を告げるというのはこういう事か、いきなり春一番に変わってしまった。走るのもままならない……ゴールまで10Km以上残っていたがなんとか無事完走。