ブログネタ:別れた人にもらった物 参加中

「昔の思い出どうする?」

人生が長ければ長いほど出会の機会は多くなるはずだ。出会いが多くなればその分だけ思い出が残る……これは単純な算数計算だ。時間と思い出が比例関係になるのか指数関係となるのかは個人の資質による。無論、良い資質も有れば悪い資質もある……あたりまえの事だ。

思い出を、大切な絵画を大切に保存・維持するように最初状態のまま完全に残している人は少ないだろう。思い出は時間と共に変化するし、記憶は消えたり歪曲されたりするものだ……有機的な記憶媒体の中にあるのだから仕方が無い。

思い出がそのままに残るか変化するのか、多分、別れの状況によって決まるのではないかと思う。良い別れであれば思い出を大切に保存しいつまでも自分の心の中に残したり、機会があれば思い出して懐かしみたいと思うだろう。悪い別れであれば、そんな思い出を早く消しさりたいと思うかもしれない。記憶上の思い出はこのように様々に変化していくものだ。

では、思い出を引き出すきっかけとなる品物(贈り物)はどうなんだろうか。品物が飾り物のような固形物である場合殆ど変化は無い。つまり、品物は強く思い出(記憶)と紐付いてそこに存在し続ける。

思い出と品物が結びついている以上、思い出が呼び起こす作用は物品へも影響するのだと思う。「思い出のある品物をどうするのか」と言う事だ。つまり悪い思い出だった場合、記念するものや、呼び起こすような品物を処分したいという衝動が起る。「見るのも嫌だ」という気持ち(作用)が現れても不思議ではない。

逆はどうか、良い思い出なら「一生その場所にあって欲しい」とか、「ずっと飾っておきたい」そんな風に考えるのは当然の事だ。良い思い出は心に留めずっとその場所に居てほしいのだ……そんな品物に作用が働く。

他には、個人の心情ではなく周囲(外部)の状況からも品物へ影響をするのではないだろうか。例えば、「新しいガール・フレンドが出来た。そのガールフレンドは昔の物品の事を気にする」そんな状況において、今、現在を大切に考えるのであれば気持ちがどうであれ処分する必要が出てくるかもしれない。

過去は過去と割り切ってしまえればいいのだろうが……そうはいかない。それだけでなく「ガール・フレンド」がそれを見つけて「捨てて」というかも知れない。「焼き捨てて」と言うのかもしれない……それをどうするのか難しい問題だ。こんな風に品物に対してはそういった外的な要因が働く事が多いにある。

品物に対する最後の一つの判断要因はバリューだ。品物にどれだけの価値があるのかと言う事だ。前記のような感情が作用しているからと言って高価な品物を簡単に捨てられる程大金持ちではない。現実は……「今日一日で40億円損しましたね。ははは……」と気軽に笑っていられるほど余裕はない。

だからと言ってディスカウント店や質屋へ行って品物を売るような真似はしたくない。もし、そういう物が出てきてしまったら、押入れの奥へでもエジプト墓のように永遠に地中深くに埋められるべきなのだと思う(誰にも永遠に発掘されない事を祈って)つまり、品物の内容によっても対応が変わるという事もある。

この様に、品物の処分に対しては幾つかの要素があり、各々の要素には重みが付く。つまり要素と重みを掛け合わせ、その品物への対応を決める。気持ちと、状況そして価値といったようなベクトルの掛け合わせにより判断し対応を決める必要があると思う。

画一的な判断は無いという事なのだろう。こうして残されていった品物はきっととても価値のある物なのだという逆の評価もできるから、「別れた人にもらった物」の事を改めて考えるのは面白いと思う。
■Run 9KmにSwim1Kmこれで眠れるかな。Help!