「#18.仕事と謎のコイン #5」

注意:本章には性的な表現が使われています。作品の表現に必要な範疇に留めたいと考えておりますが作者と読者の理解の違う場合がありますのでご理解ください。若年層の方及び性表現に嫌悪感を抱かれる方はご遠慮いただく事をお願いいたします。

近未来の世界、人々は高度な電子化へ対応で不眠症に苦しんでいた。「NDT Inc.」社は、独自開発した特殊装置で不眠解消のために「夢」を売るサービスを提供していた。装置の悪用を計画する非合法プロバイダ「MAL(マル)」。NDT社の社員である「不眠症の主人公」と恋人「ケィ」が装置をMALから守るために繰り広げる「近未来・冒険・ドリーム・ラブロマンス」BugsLifeをお楽しみください。

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紙でできたコーヒーカップの熱さに耐えながらコーヒーを口にしていると、メモに書かれた番号のバスがターミナルへ到着し入り口で止まった。そして何人かの乗客を降ろしパーキング・エリアへ移動するとエンジン音が消した。街の喧騒は無く、バスがエンジンを切ってしまうと辺りに静寂が訪れる。腕時計の針は、時刻表に書かれている出発時刻の10分前を指していた。冷たい風が襟元を通る、カップを一端ベンチへ置き冷気が入ってこないようにコートのジッパーを襟元まで閉めなおした。

再びカップを取り蓋に口を付け熱いコーヒーを少しずつ胃の中へ流しいれていると、程なくエンジンを始動したバスが目の前に止まり、錆びて壊れそうな音を立てて自動扉が開いた。ポケットから小銭を出し値段表の通り料金箱へ放り込む。帽子を深くかぶったドライバーは仏頂面をしていてこちらの様子に気を配るわけでも無く、蝋人形のように身動きもせずに無表情で前方を見つめている。彼が運転席に座っていなければ、本物の蝋人形と間違えてしまうかも知れない。

ドライバーを驚かせ、生きている事を確認したい衝動に駆られた。そんな事をしても何の意味を持たない事はわかっていた。でも何かをせずには落ち着かない。コインケースに放り入れ、コインが落ちる音を待たずに車両の中央にある出口付近の座席へ行き腰掛けた。窓の外は相変わらず、人影が無く閑散として活気のない街並み広がっていた。発車時刻までそんな街並みをぼんやりと眺める以外する事は無かった。コンビニの脇に車が一台寒空の下路上駐車してある。それ以外車は見えなく通り過ぎる車も数える程しかない。その町が正常に機能しているのか自信が持てなかった。そして西の街まで来た事を少しだけ後悔していた。

時刻になるとバスは、ブザーの大きな音が車内に響き、再び錆び付いた音と共に圧縮空気の排出する大きな音がして自動ドアは無感情にピタリと閉まり、窓の外に広がる退屈そうな街の中へ走りだした。結局、自分を除き誰も乗車しなかった。冷え冷えとした車内に、行先を案内する無機質なトーンのテープが流れた。バスの順路を説明する行先案内の中には、聞き覚えのある地名は一つも無い。遠い海外の見知らぬ都市を訪ね歩いてかのような気持ちと同じだった。バスはゆっくりと幹線道路上を進み、客の見えない幾つかの停留所を走り抜けていった。

ケィは丁寧に停留所の名前を全て書き記して渡してくれた。そのメモを持って病院を訪ねれば冗長な作業を行って無駄な時間を使う必要は無い。目を瞑っていても病院まで辿り着け診察を受けられる。ケィはそんな作業に長けており抜け目が無い。任せておけば間違う事はない。かつて決められた手順を追う作業を失敗した事は無く、一緒に仕事をして不安を感じた事は一度も無かった。
商店街を出て幹線道路を走り、住宅地を抜けると雑木林が多くなり閑静な郊外の風景に変わった。道路の両脇には、葉がすっかり落ち、裸になった木々が青い空を背景に寒そうに並んでいる。バスが移動するに従って木々の間の向こうに黒く四角い建物が姿を覗かせ始めた。ケィのメモを読むと病院はそう遠く無い筈だった。黒く四角い建物が紹介してくれた病院という事が直感でわかった。建物は艶消しの黒色の外壁をして、まるで巨大なシリコンチップか巨大な墓石にように見えた。病院といえば普通は清潔さを象徴するために白い外壁をしているが、その建物は常識を外れた鈍重な黒色だった。

交差点を曲がり、大きく曲線を描いた道路を行くと道はそこで途切れ、先には黒い建物が威圧的に聳え立っていた。雑木林を挟んで見た時に想像した大きさより実物ははるかに巨大だった。建物の前面には窓が無く巨大な黒い壁が聳え立つ。建物の大きさを示す基準が無いため何階建てなのかわからない。つや消しの黒い表面はとても硬そうで建物自体に現実感が無かった。周囲との風景とのバランスも不自然だった。

圧倒され見とれていたら降車ブザーを押すのを忘れてしまった。慌ててブザーに手を伸ばすと、ターミナルの端で急ブレーキをかけて止まり。「降りろと」言わんばかりに乱暴に出口の扉が開いた。ステップを降りターミナルの地面を踏む。白い石のタイルが歩道に敷かれ、別の世界のへ導くように建物の入り口へ続いていた。駅の周辺と同様に、建物の周囲にも車や人影は無く、コンピュータ・グラフィックで作られた映像の中へ突然放り込まれたアニメ・キャラクターになったような気がした。

試しに踵で二回白いタイルをつま先で蹴ってみた。ゴムの表面を叩くように音がせず見た目に対する期待とは違う感じだった。それ以上何かを試しても混乱が増すばかりだったから諦めて入り口へ向かった。足が地面を踏むと、その度に見た目とは違う非現実的な感触が靴の底を通しひしひしと伝わってくる。座り込み地面に手を当てて確かめてみようかとも思ったが、歩道を作るタイルの素材がわかったからと言って状況が変わるわけもでもない。不思議な感触の地面を踏みしめ建物に近づくしか出来る事は無かった。感覚をわざと無視するように足を入り口へ急がせた。

近づくに従ってバスターミナルから見た時の感じよりもはるかに大きく感じた。感覚に何らかのバイアスが働いて、視覚に入る事象が少しずつ歪められて感じられているのか。感覚の乱れが激しくなり電車の中で起きた混乱が戻ってきて胃が痛くなった。入り口まで来ると、そこから建物の上部を眺めようとしたが、最上階を見上げるには首を垂直に反らさなければいけない。上部は目が霞んでいるのか、本当に淡く霞に覆われているのかぼんやりとして全体が確認できない。
■今日も休んでしまいました。気合、気合