「求めない」
モットーってありますか?人は誰でも「自分はこうして生きていきたい」という志を持っているだろう。それはもしかしたら、「人前には一生出ずに生きていこう」というネガティブな物もあるかもしれないし、「思いやりを持とう」といった優しいものかもしれない。
人はそういった思いを心の奥のどこかに秘めていて、その思いを密かに実践している。その思いは色々な状況の中で顔を出し、そして他人へも影響を与える。友達の一人は絶対に人から物をもらったり、ご馳走になったりしない。
どんなに親しい友達であっても、価格の安いものであっても、割り勘だったり、自分がお金を支払う。それが彼のモットーであり信念らしい。こういった信念を貫く事は悪い事では無い。人生を生き抜いていくには何かしらのモットーが必要だと思う。
それは個人のアイデンティティを形成する上で必要だと思うし、それが確立して個性となるのだと思う。常に掃除をして身の回りが綺麗でないとだめという人もいる、雑多な所に身を置かないと落ち着かないという考えの人もいる。人それぞれ思っている事が違う。
それをモットーと言うのかと言えば少し違うのかもしれないが、心構えという意味では、モットーと呼べるのではないか。モットーとはもっと格式的に宣言をする事なのだが、心の中での宣言して、これを受け入れるというやり方もモットーの一部だと言える。
「座右の銘」や「標語」として公明盛大に格式を付けなくても言いのではないかと思う。そんな厳格な定義の中から自分のモットーを生み出すのはなかなか難しい。
自分のモットーを色々な角度から考えた結果、「求めない」、そんな結論が出てきた。どういう事なのか考えてみた。
文字通りだ。何に対しても人に「求めない」事だ。他人に求めるものがあっても思い通りにならない事が多いからだ。とても苦しいからだ。
それなら最初から求め無い方が良い。冒頭に書いたように人にはそれぞれのモットーがあり実践している。そういうことだ。あえてそこに足を踏み込むべきかどうかとかという事なのだろう。
だからと言って他人が自分に求める事を拒んでいるのでは無い。他人が求める物は十分自分の中で考える事ができるかもしれない、それを実現する事ができるかもしれない。それは未知数で検討し考えるに値すると思っている。
でも、皆が同じようにそう思えるのかは疑問だ。自分にそれだけの余裕があるからという訳ではない。逆だ、余裕がないからこそ他人の考えや求める事を知って役立てたいと思う。
だけど、求める事を始めると、他人に深く依存してしまう様な気がして、自身を確立する事が難しくなるような気がしてならないのだ。
読者の皆さんはどうだろう。モットーって呼べる物を自分の中から探し出し、そして口に出せるのか是非、教えて欲しい。
■きょうも(は)オヤスミでございます。
■よくわからないなぁ~
モットーってありますか?人は誰でも「自分はこうして生きていきたい」という志を持っているだろう。それはもしかしたら、「人前には一生出ずに生きていこう」というネガティブな物もあるかもしれないし、「思いやりを持とう」といった優しいものかもしれない。
人はそういった思いを心の奥のどこかに秘めていて、その思いを密かに実践している。その思いは色々な状況の中で顔を出し、そして他人へも影響を与える。友達の一人は絶対に人から物をもらったり、ご馳走になったりしない。
どんなに親しい友達であっても、価格の安いものであっても、割り勘だったり、自分がお金を支払う。それが彼のモットーであり信念らしい。こういった信念を貫く事は悪い事では無い。人生を生き抜いていくには何かしらのモットーが必要だと思う。
それは個人のアイデンティティを形成する上で必要だと思うし、それが確立して個性となるのだと思う。常に掃除をして身の回りが綺麗でないとだめという人もいる、雑多な所に身を置かないと落ち着かないという考えの人もいる。人それぞれ思っている事が違う。
それをモットーと言うのかと言えば少し違うのかもしれないが、心構えという意味では、モットーと呼べるのではないか。モットーとはもっと格式的に宣言をする事なのだが、心の中での宣言して、これを受け入れるというやり方もモットーの一部だと言える。
「座右の銘」や「標語」として公明盛大に格式を付けなくても言いのではないかと思う。そんな厳格な定義の中から自分のモットーを生み出すのはなかなか難しい。
自分のモットーを色々な角度から考えた結果、「求めない」、そんな結論が出てきた。どういう事なのか考えてみた。
文字通りだ。何に対しても人に「求めない」事だ。他人に求めるものがあっても思い通りにならない事が多いからだ。とても苦しいからだ。
それなら最初から求め無い方が良い。冒頭に書いたように人にはそれぞれのモットーがあり実践している。そういうことだ。あえてそこに足を踏み込むべきかどうかとかという事なのだろう。
だからと言って他人が自分に求める事を拒んでいるのでは無い。他人が求める物は十分自分の中で考える事ができるかもしれない、それを実現する事ができるかもしれない。それは未知数で検討し考えるに値すると思っている。
でも、皆が同じようにそう思えるのかは疑問だ。自分にそれだけの余裕があるからという訳ではない。逆だ、余裕がないからこそ他人の考えや求める事を知って役立てたいと思う。
だけど、求める事を始めると、他人に深く依存してしまう様な気がして、自身を確立する事が難しくなるような気がしてならないのだ。
読者の皆さんはどうだろう。モットーって呼べる物を自分の中から探し出し、そして口に出せるのか是非、教えて欲しい。
■きょうも(は)オヤスミでございます。
■よくわからないなぁ~