「When you walk around a town with your dog.」

残念ながら犬を飼った事が無い、今までペットとして飼育したのは、鳩と金魚の2匹だけだ。鳩の場合、ペットショップで買ってきて、かわいそうになり直ぐに放してしまったから、それを飼ったと呼べるのかどうかわからない。

だから、手をかけて飼育しているのは金魚の鰯だけと言える。ペットを飼っている人に言わせれば金魚なんてペットじゃないと言うのかもしれない。大抵の人は「ペットは?」と聞いて「金魚」と答えると「ふっ」といった顔をする。でも金魚はペット・ショップで売っているし、手をかけて育ててあげれば懐く。

条件反射で、餌の時間を教えこめばピチャピチャと喜んで反応する。それに病気になれば当然心配して薬や塩を与えるし、病気の本を読んだりするし、死んでしまえばやっぱり悲しい。

犬や他の哺乳類の動物達へ注ぐ愛情と少しも変わらない。だから、金魚も立派なペットという事になると思う。当然、犬や猫と比較すれば手のかかる量は当然違う。一匹のペットへかける時間や手間も比較にならないだろう。

でも、本人にとっては間違いなくかわいいペットなのだ。だからこれから犬の散歩について語ろうとする前に、ペットを飼っている側のという前提を断っておきたい。決して犬の散歩の悪口を言いたいのでは無い。ペット所有者の立場から犬の散歩について書いてみる。

川沿いを走っていると犬を散歩させている人を沢山かけるようになった。犬を飼う人が増えたものだと関心してしまう。連れているのは一匹だけじゃない。数匹の犬を連れて歩いている人も大勢いる。多いい人は五匹や六匹連れている。

これには少し驚かされる。リードが良く絡んでしまわないものだ。川沿いの道は広くて、芝も広がっているし、犬の散歩にはうってつけだ。だから自然に犬を散歩させる人も多くなる。犬の散歩を見かけるようになったと言うのも、河川敷をしばしば走るようになったからだ。

若者、夫婦、お年寄り……本当に色々な人々が犬を飼っている。また犬を見るととても沢山の種類があるものだと関心してしまう。種別にすれば人間の種別よりはるかに多いのではないか。色も毛並みも大きさも違い人間を分類するのとは違た区分を持つ。

何故こんなに種類がいるのか不思議だと思わないか。猫もまた種類が多いが、犬、猫と種類の多さでは哺乳類の中でもトップを争うのではないだろうかと密かに考えてしまう。どうなんだろう、動物に詳しくはないが、これほど多くの種別を持つ動物は思い当たらない。

さて、ペットとしての犬の事を傍観者側から見てみよう。走っている時、とても困るのは、犬の糞であるが、昨今の飼い主はとてもマナーが良いので、糞をしているのは野良犬なのだと思う。でもこればかりは犬を責めるわけにはいかない。

彼らにだって生理作用はあるのだ。それに犬に「自分の糞は片づけなさい」と言っても、勿論、犬の耳に念仏だろう。外が彼らの生息場所(であり、彼らに人間が勝手に作った道路やトイレなどという概念はない。だから、責めるとすれば彼らを捨てた人間側だ。

ペットの犬の事へ話を戻そう。二番目とに困るのが、長く伸びたリードだ。狭いランニン・コースでは非常に困る。道路いっぱいに広げている場合、リードに足がかかってしまう。どうしたら良いのか困る。自転車が来たらどうなるのか、狭い所ではリードを短く調節して欲しい。

最後は小さい犬の放し飼いだ。チョコチョコ動き回って踏みそうになる。走っている時に前に来られると踏みそうになる。前に飛び出して来た子犬を踏まないように何度かジャンプした経験がある(これは小さい子供も同じなのであるが……)、ランニングの終盤は、これがかなり辛い。

河川敷きはランナーの所有物ではない、それは知っている。でも、でも、だからこそ皆で気持ちよく使えるようにしたいと思う。勿論障害物があれば、避けるのは当たり前だ。無理に排除したりはしない。でも、不可抗力があるかもしれない。不慮の事故は避けたいのだ。だから、ランナーも犬の散歩をさせる人も、モラルを持ってその場所を使って欲しいと思う。

犬を散歩させる人には敬服する。知る限りどんな事があっても犬を散歩させている。大雨がふってもレインコートを着込んで散歩させているし、台風や地震も例外ではない、なんてすごいんだ。自分のランニングに対するモチベーションよりはるかに高いと思う。

最後になるが、自転車の籠に犬を入れて公園を散歩している人を時々見かけるがそれにはどういう意味があるのか理由を一度聞いてみたい。
■寒いのを我慢して公園を散歩しました。体が冷え切りましたが冬の散歩もまた楽しいですね。
■この記事って前置きが長い割りにだからどうって感じですね(笑)