「七草粥について」
折角、七日と言う事もあり七草粥を食べた。そのために野山へ出かけ、草を取り、粥を作ったわけでは無い。夕食のためスーパーの食品売り場を散策していたら、偶然七草粥セットに出会っただけの事だ。
前日のレースの疲れも残っているし料理をするのも面倒だ。レースの名前も「七草マラソン」そんな言い訳を考え併せても七草粥を食べない理由は無い。そんな理由で既成の七草粥を買ってみた。レトルトパックに入っているものなので暖めるだけ、簡単なものだ。
普段の夕食と比較すると物足りないかもしれない。でも食べ終わった後もほんのりと粥の温かみが体の芯に残る。ワインは止めて暖かい緑茶かほうじ茶でも飲もうかという気分にさせてくれる。我々には休肝日も休足日も必要なのだ。
ダイニング・テーブルに肘をつき、暖かいお茶を飲みながらテレビの番組を眺めていたら七草の特集が流れていた。どこかのお寺で2000食配られたとの話だ。今食べたばかりの料理だ。聞いてみると色々と知らなかった事が多く興味深かったので調べてみる事にした。
先ずは「七草」文字通り七種類の草を指す。昔考えられていた七草と現代の七草が違う事はあまり知られていない。さらに「秋の七草」と「春の七草」がある事も知る人は少ないだろう。
先ずは「昔の七草」、「昔考えられていた七草」と「現在考えられている七草」とでは種類が違うとの事だ。それがいつの時代に定義(材料)が変わったのかわからない。
『延喜式』では、平安時代頃は一月十五日頃に行われ、粥に入れていたのは「米・粟・黍(きび)・稗(ひえ)・胡麻・小豆・みの、または蓑米(カズノコグサ))の七種の穀物」と記載されており、現代の雑穀と呼ばれている物に近いような気がする。昔はこれを「七草」と呼んでいた。
その後、春先(旧暦の正月は現在の2月初旬頃)に採れる野菜を入れるようになったが、その種類は諸説があり地方によって異なる。
現在の使われている7種は、1362年頃に書かれた『河海抄(かかいしょう、四辻善成による『源氏物語』の注釈書)』の「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」が起源と言われている。
「光孝天皇」が百人一種で七草の事を詠んだ句があるが、この句がどちらの七草を詠んだ句なのか興味深い。
「君がため 春の野に出て若菜摘む わが衣手にゆきはふりつつ」
意味は、「あなたのために、春の野に出て行って若菜(七草)を摘んでいる袖に、雪が降っては落ち、降っては落ちている」(私約)と言われていますが、想像するととても美しいですね。
もし、本当にそんな風に思える人が現れたら雪が降っていようが、槍が降っていようが七草を積みにいきましょう……話を七草粥に戻そう。
一月七日は七草の日「人日(じんじつ)の節句」「七草の節句」と呼ばれている。 起源は中国にある。中国ではこの日に「七種菜羹」(7種類の野菜を入れた羹(あつもの))を食べて無病を祈る習慣から発したものだ。
日本では、旧暦の一月七日は、新年の占い始めの日であり、朝廷や幕府に年賀を述べる日だったようだ。先ず、平安時代には「七草粥」を食べることが慣例になった。
江戸時代になると、五節句(1/7人日の節句、3/3上巳の節句、5/5端午の節句、7/7七夕の節句、9/9重用の節句)の一つとして幕府では将軍、諸侯が七草粥を食べる公式行事になり武家や庶民にも定着した。
将軍以下全ての武士が七種粥を食べる儀礼を行い、時代とともに占い始めといった目的から「七草粥」に重点が移り、この日に「七草粥」を食べると邪気が払われ、無病息災でいられるという慣習になった。
七種の野菜を刻んで入れた粥(かゆ)を七種粥(七草粥)といい、邪気を払い万病を除く厄除けとして食べる。呪術的な意味ばかりでなく、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。
人々は六日の夜に七草を刻みながら[七草囃し]を歌う風習があった。七種は、前日の夜に俎に乗せて「囃し歌」を歌いながら包丁で叩き、当日の朝に粥に入れる。囃し歌は鳥追い歌に由来するものであり、これは七種粥の行事と、豊作を祈る行事が結び付いたものと考えられている。
歌詞には「七草なずな 唐土の鳥が、日本の土地に、渡らぬ先に、合わせて、バタクサバタクサ」や「七草なずな 唐土の鳥が 日本の土地に 渡らぬ先に…トントンバタリ トンバタリ…」等があり地方により多少の違いがある。
唐土の鳥というのは、大陸から疫病をもたらす渡り鳥のことで、渡り鳥が日本に着く前に海に落してやろうと歌ったものだ。害鳥を追い払いその年の豊作を願う考えが、七草粥の行事と混ざり合ったものと思われる。その頃から鳥インフルエンザが存在し、当時の人が知っていたのか興味深い。
七種の行事は「子(ね)の日の遊び」とも呼ばれ、正月最初の子の日に野原に出て若菜を摘む風習があった。『枕草子』にも、「七日の若菜を人の六日にもて騒ぎ……」とある。
現代では、儀式としての意味よりも季節感やお正月の行事として意味する事が多く、年始年末の暴飲暴食で弱った胃腸を七草粥で癒そうという事で食されている。
最後に春の七草の種類とレシピについて、春の七種とは以下の7種類の植物だ。
①芹(せり):セリ科の多年草。田の畦など湿地に自生。効能/消化を助け黄疸をなくす。
②薺(なずな) 薺(ぺんぺん草):別名・ぺんぺんぐさ アブラナ科の越年草。 効能/視力、五臓に効果
③御形(ごぎょう または おぎょう) 母子草(ははこぐさ): ハハコグサの異名、菊科の越年草。 効能/吐き気、痰、解熱に効果
④繁縷(はこべら) 繁縷(蘩蔞)(はこべ):別名はこべ、朝しらげ 撫子科(ナデシコ科)の越年草 効能/歯ぐき、排尿に良い
⑤仏の座(ほとけのざ) 小鬼田平子(こおにたびらこ):タビラコの別名 菊科(キク科)の2年草 田や畦に自生 効能/歯痛に効く
⑥菘(すずな) 蕪(かぶ):、カブラの異名、アブラナ科 効能/消化促進、しもやけ、そばかす
⑦蘿蔔(すずしろ) 大根(だいこん):大根の異名、アブラナ科、効能/胃健、咳き止め、神経痛
(「仏の座」は、シソ科のホトケノザとは別のもの)
■七草粥の作り方
材料 : 七草(適量) 、米、塩(少々)
1.七草をさっと茹で、水にさらし、硬く絞って細かく刻む(この時、「囃し歌」を歌うか歌わないかは自由ですが、兎に角、気分は盛り上げよう)
2.洗ったお米の5~6倍の水を入れる。初めは強火で炊き、吹き零れそうになったら弱火にして二十~三十分炊く。(お粥の作り方、お米の硬さはお好みで)
3.火を止める直前に七草を入れると風味が生きる。最後は塩で味を整えて出来上がり。
この記事がアップされる頃は一月七日を過ぎてしまっているが、荒れた胃腸を癒すためにも七草粥を試してみてはどうだろうか?野山を歩き回らなくても(野山を歩き回る事の方が健康だが)スーパーの食品売り場で簡単に入手出来るのだ。
本文は一部WikiPediaからの引用を含みます。
■Runはお休みです。どれ位の休養が必要なのかな?
■来週は葛飾柴又ロードレース、寅さん記念館の前の河原で開催されます。ここは練習エリアです。再来週は、サンケイ千葉マリンマラソン、千葉ロッテマリーンズの本拠地、マリン・スタジアム周辺で開催されます。七草粥の効果はいかに!!
折角、七日と言う事もあり七草粥を食べた。そのために野山へ出かけ、草を取り、粥を作ったわけでは無い。夕食のためスーパーの食品売り場を散策していたら、偶然七草粥セットに出会っただけの事だ。
前日のレースの疲れも残っているし料理をするのも面倒だ。レースの名前も「七草マラソン」そんな言い訳を考え併せても七草粥を食べない理由は無い。そんな理由で既成の七草粥を買ってみた。レトルトパックに入っているものなので暖めるだけ、簡単なものだ。
普段の夕食と比較すると物足りないかもしれない。でも食べ終わった後もほんのりと粥の温かみが体の芯に残る。ワインは止めて暖かい緑茶かほうじ茶でも飲もうかという気分にさせてくれる。我々には休肝日も休足日も必要なのだ。
ダイニング・テーブルに肘をつき、暖かいお茶を飲みながらテレビの番組を眺めていたら七草の特集が流れていた。どこかのお寺で2000食配られたとの話だ。今食べたばかりの料理だ。聞いてみると色々と知らなかった事が多く興味深かったので調べてみる事にした。
先ずは「七草」文字通り七種類の草を指す。昔考えられていた七草と現代の七草が違う事はあまり知られていない。さらに「秋の七草」と「春の七草」がある事も知る人は少ないだろう。
先ずは「昔の七草」、「昔考えられていた七草」と「現在考えられている七草」とでは種類が違うとの事だ。それがいつの時代に定義(材料)が変わったのかわからない。
『延喜式』では、平安時代頃は一月十五日頃に行われ、粥に入れていたのは「米・粟・黍(きび)・稗(ひえ)・胡麻・小豆・みの、または蓑米(カズノコグサ))の七種の穀物」と記載されており、現代の雑穀と呼ばれている物に近いような気がする。昔はこれを「七草」と呼んでいた。
その後、春先(旧暦の正月は現在の2月初旬頃)に採れる野菜を入れるようになったが、その種類は諸説があり地方によって異なる。
現在の使われている7種は、1362年頃に書かれた『河海抄(かかいしょう、四辻善成による『源氏物語』の注釈書)』の「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」が起源と言われている。
「光孝天皇」が百人一種で七草の事を詠んだ句があるが、この句がどちらの七草を詠んだ句なのか興味深い。
「君がため 春の野に出て若菜摘む わが衣手にゆきはふりつつ」
意味は、「あなたのために、春の野に出て行って若菜(七草)を摘んでいる袖に、雪が降っては落ち、降っては落ちている」(私約)と言われていますが、想像するととても美しいですね。
もし、本当にそんな風に思える人が現れたら雪が降っていようが、槍が降っていようが七草を積みにいきましょう……話を七草粥に戻そう。
一月七日は七草の日「人日(じんじつ)の節句」「七草の節句」と呼ばれている。 起源は中国にある。中国ではこの日に「七種菜羹」(7種類の野菜を入れた羹(あつもの))を食べて無病を祈る習慣から発したものだ。
日本では、旧暦の一月七日は、新年の占い始めの日であり、朝廷や幕府に年賀を述べる日だったようだ。先ず、平安時代には「七草粥」を食べることが慣例になった。
江戸時代になると、五節句(1/7人日の節句、3/3上巳の節句、5/5端午の節句、7/7七夕の節句、9/9重用の節句)の一つとして幕府では将軍、諸侯が七草粥を食べる公式行事になり武家や庶民にも定着した。
将軍以下全ての武士が七種粥を食べる儀礼を行い、時代とともに占い始めといった目的から「七草粥」に重点が移り、この日に「七草粥」を食べると邪気が払われ、無病息災でいられるという慣習になった。
七種の野菜を刻んで入れた粥(かゆ)を七種粥(七草粥)といい、邪気を払い万病を除く厄除けとして食べる。呪術的な意味ばかりでなく、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。
人々は六日の夜に七草を刻みながら[七草囃し]を歌う風習があった。七種は、前日の夜に俎に乗せて「囃し歌」を歌いながら包丁で叩き、当日の朝に粥に入れる。囃し歌は鳥追い歌に由来するものであり、これは七種粥の行事と、豊作を祈る行事が結び付いたものと考えられている。
歌詞には「七草なずな 唐土の鳥が、日本の土地に、渡らぬ先に、合わせて、バタクサバタクサ」や「七草なずな 唐土の鳥が 日本の土地に 渡らぬ先に…トントンバタリ トンバタリ…」等があり地方により多少の違いがある。
唐土の鳥というのは、大陸から疫病をもたらす渡り鳥のことで、渡り鳥が日本に着く前に海に落してやろうと歌ったものだ。害鳥を追い払いその年の豊作を願う考えが、七草粥の行事と混ざり合ったものと思われる。その頃から鳥インフルエンザが存在し、当時の人が知っていたのか興味深い。
七種の行事は「子(ね)の日の遊び」とも呼ばれ、正月最初の子の日に野原に出て若菜を摘む風習があった。『枕草子』にも、「七日の若菜を人の六日にもて騒ぎ……」とある。
現代では、儀式としての意味よりも季節感やお正月の行事として意味する事が多く、年始年末の暴飲暴食で弱った胃腸を七草粥で癒そうという事で食されている。
最後に春の七草の種類とレシピについて、春の七種とは以下の7種類の植物だ。
①芹(せり):セリ科の多年草。田の畦など湿地に自生。効能/消化を助け黄疸をなくす。
②薺(なずな) 薺(ぺんぺん草):別名・ぺんぺんぐさ アブラナ科の越年草。 効能/視力、五臓に効果
③御形(ごぎょう または おぎょう) 母子草(ははこぐさ): ハハコグサの異名、菊科の越年草。 効能/吐き気、痰、解熱に効果
④繁縷(はこべら) 繁縷(蘩蔞)(はこべ):別名はこべ、朝しらげ 撫子科(ナデシコ科)の越年草 効能/歯ぐき、排尿に良い
⑤仏の座(ほとけのざ) 小鬼田平子(こおにたびらこ):タビラコの別名 菊科(キク科)の2年草 田や畦に自生 効能/歯痛に効く
⑥菘(すずな) 蕪(かぶ):、カブラの異名、アブラナ科 効能/消化促進、しもやけ、そばかす
⑦蘿蔔(すずしろ) 大根(だいこん):大根の異名、アブラナ科、効能/胃健、咳き止め、神経痛
(「仏の座」は、シソ科のホトケノザとは別のもの)
■七草粥の作り方
材料 : 七草(適量) 、米、塩(少々)
1.七草をさっと茹で、水にさらし、硬く絞って細かく刻む(この時、「囃し歌」を歌うか歌わないかは自由ですが、兎に角、気分は盛り上げよう)
2.洗ったお米の5~6倍の水を入れる。初めは強火で炊き、吹き零れそうになったら弱火にして二十~三十分炊く。(お粥の作り方、お米の硬さはお好みで)
3.火を止める直前に七草を入れると風味が生きる。最後は塩で味を整えて出来上がり。
この記事がアップされる頃は一月七日を過ぎてしまっているが、荒れた胃腸を癒すためにも七草粥を試してみてはどうだろうか?野山を歩き回らなくても(野山を歩き回る事の方が健康だが)スーパーの食品売り場で簡単に入手出来るのだ。
本文は一部WikiPediaからの引用を含みます。
■Runはお休みです。どれ位の休養が必要なのかな?
■来週は葛飾柴又ロードレース、寅さん記念館の前の河原で開催されます。ここは練習エリアです。再来週は、サンケイ千葉マリンマラソン、千葉ロッテマリーンズの本拠地、マリン・スタジアム周辺で開催されます。七草粥の効果はいかに!!