失われた地底都市 - #6(最終回) -

PUBで販売するビールやジュースを飲みながらこのオリエンテーションを受けるが、アルコールや古めかしい内装や歴史的な雰囲気、それと緊張感とユーモラスに満ちたガイドの説明、さらに自己紹介やオリエンテーションによりいつのまにかツアーのムードは高まる。それらが終わるとツアーはいよいよ出発だ。

ツアーはガイドの指示により幾つかのグループに分割される。そのうちグループ内で交流が始まったり、笑いが起こったりする。不思議な事に初対面の人達と国境を越えてチームとしての一体感ができあがるのだ。

ガイドに従ってツアー・グループは固まって店を出る。徒歩でパイオニア・スクエアの一角にある店から少し離れた古めかしいレンガ造りのビルが並ぶ区画へ導かれる。

そこは何の変哲の無い古いビルの裏口だった。レンガの壁には鋲が打たれた鉄の扉がある。意識せずに歩いていたら、扉があるなんて誰も気づかないかもしれない。何の特徴もないビルの壁に取り付けられた鉄の扉だった。

ガイドは、まるで監獄の看守が持っているような腰に下げた鍵束の中から一つ取り出し錠穴に突っ込んで廻した。大きな錠がガシャっという重い音を発てて外れる。重そうなドアは意外と簡単に開いた、中から湿った空気が流れ出し、かび臭い鼻をつく。

地下特有の湿った空気がまとわりつく、薄暗い石造りの階段を慎重に降りる。ガイドが電気のスイッチを入れると。白色電球が一斉に点灯する。ビルの地下に広がる置き去りにされた昔のシアトルの街並みが照らし出される。

扉は、まさに「タイムマシンの入り口」様だった。朽ち果て忘れられた数百年前の古き時代のシアトルがそこに残され、白色電球にぼんやりと照らし出されていた。タイム・スリップを起こしその時代へ放り出された感じだ。

今にも崩れ落ちそうな映画館、埋められて忘れられたお店の数々、刺青の店や東洋のマッサージパーラー(この頃からあったのだ)。中の雰囲気は、横浜にあるラーメン博物館のレトロな感じと地下の雰囲気に良く似て無い事もない。

入り口を入れば数十年前に戻れるというわけだ。横浜ラーメン博物館は、ビルの中に古い日本の街雰囲気を人工的に作りだしているが、パイオニア・スクエアの地下には昔のままの本物の都市が残されているのである。

早速、ガイドの案内によって地下の街を歩き出す。まるで自分が開拓時代のアメリカへタイム・スリップしてしまったかの様な錯覚に陥る。ガイドはジョークを交えツアーを先導する。

時にはメンバーも参加させ、色々な事をして、地下探検の雰囲気を盛り上げながら進んでいく。現在の地上にある歩道の真下は昔使っていた歩道がそのままに残っていた。交差点毎に小さな硝子のブロックが埋め込まれ、地上からの光を取り入れられるようになっていた。

光を入れるブロックは硝子なので、上の歩道を歩く人の影がぼんやり見える。ガイドは、立ち止まり、大きな声で「助けて!」などと叫んで上を歩く人を驚かせたり、「おっ、女性だ、スカートを覗こう」(見えるわけが無いのだが)と、ときおり下品なジョークを交えたりツアーを盛り立てる。

そんな風にツアーを続けていくうちにグループ全体の一体感が高まり、仲間意識が生まれる。気分がすっかり開拓民となる。教わったインディアンの言葉や、古い英語を発声させられる(これがなかなか難しい)

こうやって皆が仲間の様になった頃ツアーは終わりを迎えるツアーの最後を迎える。最後に辿り着く所は地下に作られた小さな土産屋であり、そこには歩いてきたシアトルの町の写真やそれにまつわる本やシアトルの土産物等が売られている。

木製の階段を上がると驚いた事に出発点のPUBに出る。メンバーは最後にその土産屋で最後の話を聞いて解散となるのである。その後は、すっかり意気投合した他国の人とこのPUBでビールを飲みながら会話交わすのもよし、もう一度パイオニア・スクエア周辺を散策して今歩いた地下都市を地上から見直すのも悪くない。

シアトルの夏の昼は長い、それにもかかわらずツアーを終えて店を出る頃には辺りは暗くなっていた。自分がどれ位の間、迷路のような地下を歩き回ったのか、シアトルの地下都市に居たのか時間や距離がわからなくなっていた。

もしかしたら、本当にタイムマシンに乗り過去のシアトルに戻っていたのかも知れないのではないか、そして外に出ると開拓時代の本当の風景が外に広がるのではないかと思わずにはいられないのであった。

さて、「失われた地底都市」の話はこれで終わりであるが、この昔の街並みとツアーはいまで残されていくのだろうか?老朽化の進んだ古いビルはいつか建て直さなければいけないだろう。もし、そうしてあの「地下都市」が失われてしまうのは寂しい事だ。

一日の最後に、夕食を兼ねてパイオニア・スクエアでも有名なニューオーリンズレストランを尋ねてみた。ニューオーリンズレストランはジャズやブルースがライブで聞けるライブレストラン、PUBとレストランの2区画に区切られており、向かって左がわに大きなステージがある広いレストランだった。

中は薄暗くあまり健康的には見えないが、おいしいシーフードやアメリカ南部のケイジャン料理を食べさせてくれる。また奥には1階のフロアが見下ろせる小さなロフトがあり演奏がピークを迎えると皆立ち上がって声援をおくる。まるで50年代~70年代のロック・シーンを観ているようだ。

そう、ここパイオニア・スクエアにいると全ての時間が止まってしまったかのように感じるのだ。シアトルの地ビールが腰に下げた体に染み込み、千鳥足で通りを横切ってホテルの古めかしいエレベーターに乗った時、エレベーターがタイムマシンのように感じた。

自分の時間は完全に止まっていた、明朝はこのエレベーターに乗って何処の時代へいけるのだろうか?もしかしたら目覚めた時は、違う時代に要るのかもしれない……そんな思いにさせられるのだ。

部屋の窓から見えるシアトルの空は、起きた時と同じように澄んで雲ひとつない。星が輝き、海の向こうには月灯りにぼんやりと照らされたカスケード山脈の影がどこまでも続いていた。

失われた地底都市(完)

●エピローグ

あなたの住んでいる街にも本当は地底都市があって、毎日歩いている歩道の下には、もう一つの歩道があり、地下街の住人が歩いているかも知れない。交差点で立ち止まったら耳を澄ましてみよう。地底から「助けて」と声が聞こえてくるかもしれません。

シアトルは一番長く滞在した都市なので書きたい場所や人の事がたくさんあります。パイク・プレース・マーケット、アイバースのクラムチャウダ、スターバックスの1号店、TULLY’Sもシアトル、宇和島屋、ベルビュー・スクエア。

カラオケに一緒行ったマイクロソフトで働くジェームズやリンダ。初めてシアトルにグレイハウンドから降り立ち泊まった安宿。自動車泥棒にあった事、そしてシアトルのシンボル・スペースニードル。

少し前ではツイン・ピークス、ダーク・エンジェルや沢山の映画の舞台となっている。シアトル・マリナーズやイチローでも有名だ。本当に話題には事欠かない場所だ。「失われた地下都市」の話は今回で終わりだ。

美しい森と湖に囲まれた街、大好きなシアトルの待にはきっとまた必ず訪れたいと思う。
■明日は今年初の10Kmレース。今週から三連続で10Kmレースだ……おぉ、毎週じゃ。
■今日は昨日筋肉疲労を感じたのでお休み。筋肉疲労はタイムに影響しますよね……てか、ワイン買ったので飲みたかっただけかも