「走る事についての考察」

元旦にふさわしい記事なのかわからない。ふさわしいのか否かにかかわらず、眼を覚ませば、トレーニング・ウェアを着込み、靴の紐を締め、iPodのヘッドセットを耳に押し込み、リストウォッチのタイマーをスタートさせる事になるだろう。

冷たく乾いた空気の中を、いつものように河原へ向かってスタートを切る。最初は太陽を側面に受け、それから川沿いの道を海へむかうと太陽は正面へまわる。冬の長い影を背後に落とし、それを引きずるように遠くに広がる水平線へ向かって一歩一歩ストライドを伸ばす。

季節風が背中を押し、いつの間にか風と同化していく。深い蒼に染まる川にできた漣は、照りつける太陽の光を反射しきらきらと輝き、河はそ輝きを、先へ続く大きな海へ長く足を伸ばす。

川岸に生えた、ススキやセイタカアワダチソウは役割を終え既に灰色の姿に変わっている。乾いた種子は強い季節風にあおられ、時折河原の空へ火の粉のように舞い上がる。

幾つかの盛土を越えると、その先には大きな芝が広がり、さらに進むと海岸線が見えてくる。沖に停泊した貨物船の船尾では国旗が大きくたなびいている。そんな風景が見え出すともう直ぐ折り返し地点だ。

自分の決めたターニング・ポイントが「君はもう半分走ったんだよ」と告げてくれる。そして、掌でポイントをタッチすると、「良く来たね、がんばれ」と応えてくれる。

リストウォッチのラップ・スイッチを押し時間を記録する。そこからは、向かい風、正面から風を受けて走る事になる。強く冷たい風が体を押し戻す。少し前傾になりスピードを落とさないように股関節の筋肉を意識して脚を蹴る。

長く伸びた影が前方に伸び、今度は太陽の暖かさが背中を押してくれる。犬を散歩する人、自転車で遊ぶ子供、凧揚げをする親子、そんな風景の中を駆け抜ける……一歩一歩……耳を澄ますと、自分の呼吸が頭の中で響き、メトロノームのようにリズムを刻んでいる。額に浮かぶ汗をふき取り、思い描くゴールへ向かって脚を踏みしめる。
学生時代はラグビーで汗を流し、社会に出てスカッシュ競技を始め、長い間、スポーツの競技生活を送ってきました。ある時、ある事をきっかけに「走る事」に出会い、ある人を通じて「走る事」を始めました。

「走る事」は他の競技と比較しても経歴は浅く、まだ脚探りで走っています。文字通り走り始めたばかりで、今はまだ「走る事」の楽しみを探っている状態かもしれません。でも、「走る事」は、確実に自分の生活の中へ入り込み、その一部になってきた事が感じられるようになりました。

いままで身を投じてきた「競技」というレベルからは、まだまだ遠い所にいるように思います。「走る事」は自分にとって楽しみで始めた事なので、これからそれを「競技」として考えていくのかどうかは、走りながらじっくり考えて進んでいきたいと思います。

瞬発力が必要な競技を長く続けてきた人にとって長距離は、全く別のスポーツと感じると思います。実際に自分がそうでした。不要な筋肉をそぎ落とし、柔軟性を高め、エネルギーの消費を抑える体に改造する。

ウェイト・トレーニングで鍛えた上半身の筋肉を軽くして、筋肉の動きをもっとスムースにする。スポーツ・ジムの筋力強化とは別な練習が必要になるのです。実際にそういうプロセスをたどらないと長距離を走りきる事はできません。

前にも書きましたが瞬発力を必要とするスポーツ選手が、長距離に望むのはこういった別な「肉体改造練習」が必要なのです。固まった筋肉を長距離用に作り変えるのは長い時間と根気が必要です。

そのような積み上げで、少しずつ走る時間を延ばし、距離を積み上げ初めて長距離が走れるようになります。これが今皆さんへやっとお話できる「走る事」です。走り始めて年月も浅く経験も少ないので偉そうな事は述べられもせんが、いままでやってきた事はどうにか話す事ができるようになりました。

さて、さて、今年はどんな「走る事」が待っているのだろう?
■31日のRunはやはり10Km、いつもコースを気持ち良く走りました。空を見上げると、気圧の違いが雲の線でくっきりと分けられていました。
■ 新年からの走りネタのタイトルは「Get the second wind」となります。走り初めて数分すると、筋肉がほぐれ、有酸素運動がきちんとできるようになって走りやすくなります。これをThe second windと呼ぶからです。