失われた地底都市 - #5 -

トーテム・ポールの視線を振り払い通りを渡りパブの前に立つ。アイリッシュ系のパブを思わせる店構えだ。入り口の横にはチケット・ブースのような窓口があり、窓の直ぐ下には料金表が掲示されていた。

表に書かれた料金はパブのメニューなどでは無い。表の上には「アンダーグラウンド・ツアー料金」と大きく書かれている。一人分の参加料金は9ドル。ポケットから1ドル札を9枚引っ張り出しチケット・ブースの窓口へ差し出し、

「大人一枚」

と告げる。すると、9ドル札に代わってチケットが返ってくる。チケットにはツアーの集合場所と時間が記載されている。時間になるまでもう一度ダウンタウンを歩きながらツアーについて思いを巡らせ、そして集合場所のパブへ戻る。ここからが、「失われた地底都市」への冒険の始まりなのだ。

集合時間になると、PUBの広いグランドフロアーにツアーメンバーが集合する。そしてガイド自身の自己紹介に続いて各自の紹介を行う。ツアーの参加者は30名程度だった。自己紹介で参加国がわかる。アメリカの東部、南部の州や、遠くはドイツ、スェーデン、そして香港や日本といった様々な国のメンバーで構成される。

ガイドはメンバーが親しく交流出来るように簡単な質問を投げかける。出身地や、趣味など、職業や好みの食べものいたるまで実に色々な事を尋ねるのだ。そのおかげで自己紹介だけで40分以上かかった。

自己紹介の中でガイドは言葉尻を捉え色々なジョークを連発する。ツアーを盛り上げるテクニックなのだ。質問への回答は風刺的に表現され爆笑ものなのである。とにかくツアーを面白くするためにあの手この手を使って自己紹介に突っ込みを入れてくる。

ディズニー・ランドのジャングル・クルーズのガイドを思い出してもらえると良いかも知れない。とても人間味あふれたツアーのオリエンテーションなのだ。

普通、ツアーと云えば、ツアーコンダクターやガイドが観光や歴史を丁寧に説明してくれる事が多いのではないか。いわゆるガイドが一方的に説明し観光客は受身でいる事が多い。そんなツアーがほとんどなので、きっとこういうツアーに参加できたらまた別の感動が得られると思う。

アメリカで参加したツアーの多くは、このようなインターラクティブなツアーが多かったように思う。ガイドはツアー参加者をその中へ取り込み、ツアーの一体感を出すように演出し、ガイドと参加者の両面で盛り上がり感動を得られるように誘導する。

ディズニー・ランドもアメリカからやってきた文化なので多分にこういった要素が盛り込まれているようであるが、アトラクション一つの時間とツアーの合計時間では比べ物にならない。

さて、実際のアンダーグラウンド・ツアーとは何か、シアトルの歴史から紐解いてみる。アメリカの開拓時代が過ぎシアトルが都市として整備されてきた頃、1889年シアトルのダウンタウンが、大火災に見舞われた。いわゆるシアトルの大火災である。

シアトルの街はその頃、道路が低すぎた為に雨が降ると街が水没し、1日2回の満潮時には、海に流した汚水が道路に逆流した。簡単に消し止められる筈の火事が、街中に広がってしまったのも、水圧が低く消火栓から放水できなかった事が原因とされている。

もし、東京でこのような事が起こったら何万人の人々が被害を受けるだろう。東京では、過去に関東大震災や東京大空襲で大火災が発生しているので、水圧という条件は別にしても一度に多くの火災が発生した時には同様な被害が起こるのだ。

シアトルでは、街が焼けて更地に近い状態になった事をきっかけに、水圧の問題を解決するため今まであった道路を地上から約3メートル高くする事が決められた(高圧な水圧を生み出すのが困難な当時の解決方法だった)。

つまり町全体の地面が3メートル高くなるのだ。多くの建物は火事で焼けてしまったが、幸運にも火災を免れ残っていた両側のビルは道路を横切って隣のビルに行くためには、2階まで登り通りを渡って、更に1階の入り口から入るしか行き来ができなかった。

道路から馬車や人が古い地面に残る歩道に落ちると言った事故も多発した。ビルのオーナー達は地面とビルの間の1階の入り口を塞ぎ、2階から直接ビルへ入れるようにした。いつのまにかビルの1階は地下となってしまい、元に1階と同じように使われなくなってしまった。

地下になってしまった旧1階はその後長い間、シアトルの人々から忘れられてしまっていたが、1965年に、ビル・スパイデル氏がアンダーグラウンド・ツアーとして観光化し、要時間は1時間30分のツアーとしてシアトルの観光名所となった。

パイオニア・スクエアから東の位置には、1914年に建てられたスミス・タワーと呼ばれる三角の尖がった屋根の白いビルがあるがそれも1階が埋められたビルの一つだ。

スミス・タワーは長年に渡りアメリカのウェストコーストで一番高い高層ビルとして知られていた。昔風の手でドアを閉めるエレベーターに乗って、最上階にある展望台からシアトルでは数少ない晴れた日には、マウント・レイニヤーを望む事ができる。
■雨が降る前に7Kmだけ走る事ができました。よかった、よかった。
■明日は友人を連れて横浜の中華街へ行きます。道路が空いているといいなぁ~早く寝なきゃね、ピース!