注意:本章には性的な表現が使われています。作品の表現に必要な範疇に留めたいと考えておりますが作者と読者の理解の違う場合がありますのでご理解ください。若年層の方及び性表現に嫌悪感を抱かれる方はご遠慮いただく事をお願いいたします。

近未来の世界、人々は高度な電子化へ対応で不眠症に苦しんでいた。「NDT Inc.」社は、独自開発した特殊装置で不眠解消のために「夢」を売るサービスを提供していた。装置の悪用を計画する非合法プロバイダ「MAL(マル)」。NDT社の社員である「不眠症の主人公」と恋人「ケィ」が装置をMALから守るために繰り広げる「近未来・冒険・ドリーム・ラブロマンス」BugsLifeをお楽しみください。

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駅は閑散としているように見えた。通勤から一時間遅いだけで見知らぬ土地の初めての駅で電車に乗るような感じがした。勿論そんな感じがするだけでその駅はいつもの駅だ。記憶が所々に薄れていたから、通勤駅の記憶まで失い欠けてしまったのではないかと心配したがそれは異に通勤時間帯なだけだった。

プラット・ホームには冷たい風が吹き抜けていた。厚手のコートのジッパーを襟元まで引っ張り揚げていたが、冷気は襟元や袖口から容赦なく吹き込んできた。到着を待っている間にも厚手の布を通して冷気が伝わってくる。もし雲の間から水滴が地上へ落ちるなら、きっと雪の結晶に変わるはずだ。しかし雲は水滴の重さに我慢強く耐えていた。

電車の振動が空気を伝わり雲へ届いて雪にならない事を祈りながら電車が来るのを待ち続けた。やがて電光表示版に電車のプラット・ホームの奥に電車の姿が見えると、その姿は瞬く間に大きく膨らみ大きな音と風と共にプラット・ホームへ滑り込んできた。

スピードが落ち停止すると扉が開き高温で湿った空気が固まりとなってホームへ流れ出てきた。熱気は一瞬で冷たい空気の中へ溶け直ぐに外気の中へ消えていった。通勤時間を1時間程過ぎた座席は虫が食ったように空いていた。吊革を握っている人の姿も無い。走り出すと加減速に合わせて空気が車内を忙しそうに移動している。

社内には出勤時間を超え午前中の仕事を半分諦めたOLらしき女性が扉の柱に体を凭れイヤフォンを耳にぐっすりと寝込んでいたり、タイトなスーツのビジネスマンらしき男性が足を組んで新聞を広げていたり、通勤時間を避けて外出する高齢者の姿があった。

乗客の20%程度の人の顔は大きなマスクに覆われ、額とマスクの間から覗く瞳がギョロギョロと周囲を疑わしそうに見張っている様に見えた。全社の騒音に混ざって思い出したかのように咳が響き渡った。

鉄橋にかかるといつもと変わらない都会の運河の風景があった。砂利を積んだはしけがボートに牽引され連なり大きな運河を下っていく。はしけの向かう先には、河口にかかる巨大な橋がありその向こうには広い海があり、太陽の光を反射した波がキラキラと輝いていた。

風にたなびく草木が無いので都会の風景からは、風が吹いているのか車窓のこちら側からではわからない。水面に出来る大小の波だけが風の強さを知る目安だった。

川沿いに走る高速道路の渋滞は、朝の街がいつも通り機能し始めている事を物語っていた。座席でのんびりと窓越しに朝の風景を見ていたが、そんな風に活気付く街がウィークディである事を思いこさせてくれた。

幾つかの駅を過ぎ、通勤時に降りる駅を通り越してさらに街の中心を通り過ぎると、電車はやがて西の街へ入っていった。西の街と云っても町の中心より西側にあるだけで、東の街と何も変わる事は無い。そこは街の中心を基準として方位的に西と定義付けられているだけの話だ。

そこにユニコーンが住む訳でもその町を意地悪そうな顔をしたカマキリが街を統治しているわけではないのだ。街を中心として方位的に西と東そして北と南という具居合に分けられているだけだ。そう思っても街の中心を抜け、西の街へ入ると気持の中でざわざわと不快なざわめきが始まった。

車で街を抜ける時にはこんな風な感じは無い。電車に乗って行くといつもそんな感じに襲われた。西の街に悪い思い出がある訳では無いし、気持ちを乱す原因があるわけではなかった。むしろ西の街の事を多く知らなかった。近くにあって余り訪れた事が無い、そんな真空スポットは誰にでもありそれが西の街だ。

西の街はそんな地域だった。北の街は友達と食事や呑むために出かける。そして南の街へは買い物のために出かけた。東の街には家があり、公園があり、河が流れていた。心のざわめきは、馴れない所を訪れる事による不安感なのかも知れなかったが、本当はそれが何を意味しているのかは不明だ。

電車は不自然な程滑らかにプラット・ホームへ滑りこんでいった。車輪もレールも無くリニア・モーターカーのように空中に浮いているような感じだ。不可解な感じがそれだけで終わってくれれば良いと祈りながら電車を降り改札を抜けた。

平日の朝だからか、駅前広場は閑散としていた。半円のバス・ターミナルを囲むように裸の街路樹が並んでいる。春や夏になればターミナルは緑の街路樹に囲まれるのだろう。でも裸の街路樹は街を冷ややかで無機質にみせていた。

駅前広場を中心として街は扇状に広がっていた。駅から伸びる道路は放射状に広がって遠くまで伸び、その向こうには、秋にケィと行った山並みが頂に雪を載せて遠くに広がっていた。一つ深呼吸をするとケィからもらったメモをポケットから引っ張り出し目を落とす。

メモには病院までの道順と予約時間そして予約番号が書かかれていた。指定された番号のバス・ターミナルの時刻表にある発車時刻までは少し時間があった。通りを渡りフランチャイズのコーヒーショップに入りショート・サイズのコーヒーを買いターミナルへ戻った。

電車の中のあの嫌な感じはもう無かったが、冷たい季節風と冷ややかな町並みにより体が急速に冷えていくのがわかった。買ったばかりのまだ熱いコーヒーを胃の中へ流し込むと、凍りついた体がゆっくりと融けていった。
今日は安足日にしました。少し風邪気味です。それでも走ろうとしていたら、友が「はしったらだめじゃけん」と優しく諭してくれたので走らない事にしました。ありがとう!早めに床へ入ります。