注意:本章には性的な表現が使われています。作品の表現に必要な範疇に留めたいと考えておりますが作者と読者の理解の違う場合がありますのでご理解ください。若年層の方及び性表現に嫌悪感を抱かれる方はご遠慮いただく事をお願いいたします。

近未来の世界、人々は高度な電子化へ対応で不眠症に苦しんでいた。「NDT Inc.」社は、独自開発した特殊装置で不眠解消のために「夢」を売るサービスを提供していた。装置の悪用を計画する非合法プロバイダ「MAL(マル)」。NDT社の社員である「不眠症の主人公」と恋人「ケィ」が装置をMALから守るために繰り広げる「近未来・冒険・ドリーム・ラブロマンス」BugsLifeをお楽しみください。

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18.仕事と謎のコイン ~ #2 ~

公園の通りに並ぶ広葉樹の葉が落ちてすっかり消え、街のショーケースにクリスマスのオーナメントの飾り付けが始まる頃になると、公園からは人の姿が消え、釣り人の代わりに冬の渡り鳥が公園の水辺を占有するようになった。ケィは週末になると学校の必修科目を受講するように部屋を訪れそして終了の鐘の音と共にきっちりと西の街へ戻っていった。

無論そんな行動にも例外はあった、満月の夜がやってくるとケィは平日であっても部屋へ来て、終電の時間が近づいても部屋に留まった。そして最初の夜の時と同じように交わった。それを交わりと云うべき物かどうかはっきりと言えないし、自信も持てなかった。実際に肉体的な接触があったかすら確信を持てないでいた。

振り返って考えると、これまで部屋で起こっている事は、最終的に同じプロセスを辿っていた。そのプロセスを具体的に言葉にしてみると次のように表現できた。

「肌を合わせている間に感覚的な快感の中へ入り、その中で精神的な一体化と快楽とを感じている間に意識を失った。そして翌朝、眼が覚めるとそこにケィの姿はなく、喪失感とあの変わった快感が体の中に残された」

意識の融合と交わりは過去に経験の無い快感だった。快感は自身を変異させて、その度に異なるバージョンの濃度や種類を持った効果を及ぼし、終わった後もワームのように頭の奥に潜んでいるようだった。頭の奥の古い快感は新しいバージョンを求め、常に自身の更新を欲した。

短い秋が終わり、北風が街を吹きぬけるようになると満月の夜を待ち侘びるようになった。ネットで満月の夜をチェックしカレンダーに月と書きその周囲を丸く囲った。その時には、その快感が得られれば交わる方法など、もうどうでも良くなった。

満月の夜にケィが新しいパッチを持って現れ、手順に従ってバージョン・アップの作業を行いそして作業が終わると帰っていった。そしてバージョン・アップの作業から得る悦楽とその行為に心を深く浸らせるようになっていた。

北の山から吹き降ろす乾いた風が強くなり、空気が乾燥して手にひび割れを作った子供達が公園で遊んでいた。ケィの居なくなった休みの朝には、そんな子供達の姿を見ながらトレーニング・ウェアに未を包み池の周りをゆっくりと走った。頭は常にケィとの行為を思い出しうつろいでいたが走る事は辞めずにいた。

走る事が、唯一この世界と自分を繋ぎとめておける手段のような気がしたからだ。公園の芝生は薄茶色くなり広葉樹の木々は枝だけになってしまったが、公園にある様々な形の自然の営みを見たり、その中を走ったりする事で「自分」と「自然」そして「現実」という三角形をきっちりと形作れたのだ。

クリスマスそして年明けの繁忙期もケィは無理をしてでも合う時間を作りいつもと同じように過ごした。時には二人で分厚いコートやダウンジャケットに身を包み、子供達が公園の池の岸に薄い氷が張った池の表面を棒や石で割って楽しそうにしている姿を見ながら散歩する事もあった。

そんな風に時は過ぎ去っていったが、それは同時に記憶が失われていく事も意味していた。ケィとの会話で始めて気づいてからもう三ヶ月経以上経過していた。三ヶ月前は、思い出そうとした事が磨りガラス向こうの景色のようだったが、その時には、もう真っ暗な部屋の中に置かれた黒く塗られたボールのように変わっていた。

残っていた記憶も視界が失われていく病気のように、周囲から輪郭を失いはっきりとしなくなっていた。それは父の姿から眼や鼻がなくなり、顔が無くなり手足が消えそして姿が消え、最後に存在したという意識がけが残っていた。次に消失する物を考えるのはそれほど難しい事ではない。

そういう欠落に、はきりとした恐れを感じたのは記憶中から父親の姿が見えなくなった後だった。存在の記憶ははっきりと残っていたのだが、存在に従属する具体性が全く無いのだった。どんな顔だったのか、どんな声だったのか、どんな人柄だったのか、数年前なら考える前に思い浮かんだ物が今ではすっかり損なわれていた。

いまはどんなに考えても具体的なイメージが形成されないのだ。父親の顔がテレビの出演者にそっくりだと云えば、それが真実にも成った。どうして一部の記憶が消えてしまったのか理由は不明だった。強く頭を打ったわけでもないし、全ての記憶が完全に無くなった分けでもない。映画のフィルムの一部を切り落としたように断片的に削ぎ落とされているのだ。

その症状は月日が経過する毎に進行していくように感じられた。前月まで覚えていた部分は次の月になると理由も無く失われているのだった。症状をはっきりと自覚し出した月から出来る限りの具体的な記憶をメモしそしてPCの中へ保存した。冷蔵庫に貼り付けたホワイトボードへ少しずつ書き溜めたりもして具体的に何が欠落していくのかを考えてみた。

無くなった記憶を辿って分類と解析してみると、特に父と母に関係したことが失われていることが次第にわかってきた。父と母の存在は覚えていたが、具体的に思い出そうとすると頭が痛んだ。彼らがどの様な人だったのか、どんな仕事をしていたのか、そして一緒に過ごした思い出さえも炎天下に置かれた雪の塊が溶けるように消え初めていた。そしてケィに相談すると、

「はやく病院で診て貰った方がいいと思うわ、専門の病院を知っているから友達に紹介状を書いてもらうわね」

そんな風に言うと、大きな専門の病院で診察を受ける準備を手際よく進めてくれ、数日後受診の日付と予約の日時まで調整され、担当医の名前が書かれた紹介状を渡してくれた。新年の繁忙期を越え、仕事は既に一段落ついていた。調整してもらった日付で休暇を申請すると簡単に許可が下りた。

参りました、走るのはお休み、今日はPCの拡張作業、68ピンのSCSIボードを買って取り付けたまでは順調、ちゃんと動きましたよ。ただVistaにはRAIDコントローラが入っていないんですね。(DATを動かしたいだけなのに……)