これまでのお話 http://www.geocities.jp/konandai_3rd/Data/HongKong.htm


朝から始めたパッキング、最後のTシャツをバックパックに詰め終わるともう何もすることはなかった。ダイニングへ行って彼女に挨拶をする勇気もない。ウーブとは昨日ビクトリアピークで別れたきりでその後会っていない。何時に出発するかは決めていなかったが、決めた以上早くそうすべきだと思った。


ドミトリーのある尖沙咀(チムサーチョイ)は九龍半島の先端に位置しており、ドミトリーはMTR(地下鉄)から歩いて数分の所にあった。有名なペニンシュラホテルもこのチムサーチョイにある。九龍半島の先端は彌敦道(ネイザン・ロード)を中心にショッピング・センター、デパート、宝石店やブランド品店などが立ち並ぶ場所だ、高級ホテルと繁華街の一角に朽ち果てた汚い高層ビルがドンと居座っている。


荷物のほとんどが着替え、それもシャツとアンダーウェア、ショート・パンツが数枚だ。数枚のシャツを洗濯したり、買い換えたりして生活をしていた。そこでの生活は十分だった。ドミトリーの事務所に行き、汗にまみれたシーツと枕カバーを返した。荷物を肩に背負うとあのエレベーターのボタンを押した。恐怖のエレベーターを乗るのもこれで最後だ。


事務所の横にあるダイニングに目を送るが、電気が消えていて誰もいる気配がない。結局、誰にも告げずに出発する事になった。部屋には別れを告げるべき人はいなかったし、再会を約束するべき人もいなかった・・・・?


エレベーターの扉が開く、バックパックを抱えいつものように混み合ったエレベーターに乗り込む。音も無くエレベーターは動き出し、満員の人々の息遣いと汗の匂いを感じる。そしていつもと同じ様に「早く1Fに着け」と祈る。1Fのフロアに着くとジーンズショップ脇を抜けネイザンロードに歩道に立つ、ここから歩いて約5分でMTRの尖沙咀駅だった。空は昨日とは違い黒い雲が時折速いスピードで通り過ぎていく、スコールを予感させる雲行きだった。


天気もその出発を祝っているようには見えなかった。新しい旅立ちにはありがたくない空模様だ、「MTRに乗ってしまえば天気など気にする事はない」と、自分に言い聞かせ歩き出す。思い残す事は無い自分にそう言って、尖沙咀駅までゆっくりと歩いた。


香港の街を効率的に移動するためにはMTRが最も効率が良い、特に貧乏なバックパッカーにとってはエアコンの効いた乗り物はありがたい。当時の香港でも「清潔、速い、安全」ということがホンコンヤンの一つの誇りとなっている乗り物だった。しかしこういった蒸し暑い日は特に注意が必要だ、蒸し暑い外を歩いた後MTRに乗ると、車内に強く入れられた冷房のために風邪を引くほど程車内は程冷やされていた。


雨が降り出す前にMTRの駅に着かなければ濡れてしまう。自然に早足になった。空からはポツリ、ポツリと水滴が落ちてくるが、それが冷房から出る水滴か雨滴かはわからない。空を見上げても古い看板とネオンサインが見えるだけだ。


幸本格的な雨が降り出す前に地下鉄の入り口に着いた。改札で定期券程の大きさをした切符を購入しプラットホームへ下り、入ってきたMTRに乗り込んだ。MTRの扉がゆっくり閉まるのと同時に色々な事が頭の中に浮かび上がってきた。


あの暑い部屋で過した日々、ドミトリーで一緒だった人達、明日からあのベッドは空になってしまうのだろうか?彼らは、そこに居た日本人を思い出してくれるのだろうか?そんな筈はなかった。そこ生活は昨日まで誰が寝ていたのか、そして明日から誰が寝るのかそんな事は誰も皆干渉しないのだ。その場所にはその時間とその空間があるだけだ。


誰も昨日を語ろうとはしないし、明日を語ろうとはしない。そんな場所だった。ログとして刻印される事はない。一番気になっていた事は、ダイニングの彼女の名前だった。本当に彼女が「メイリン」だったのか。そして気まずいまま別れたウーブの事だった。彼の最後の表情が鮮明に頭の中に浮かび上がってくる。


最終目的地ははっきりとは決めていなかったが、MTRの切符は終点「羅湖(ローウー)」まで切符を買い「深せん」から国境を越えよう思った。香港には居る理由は何も無い自分にもう一度言い聞かせた。中国(メインランド)へのビザは持っていた。中国への旅が香港で過すうちに変わってしまったのだ、そんな街だ。本当の目的を忘れて深い闇の深遠に立ち飲み込まれそうになっていた。


電車は約40分で終点の羅湖(ローウー)駅に到着する。改札を出るとすぐに香港側のイミグレーションがある。改札口の少し前から香港の住民(香港居民)とそれ以外(訪港旅客)とに列が分かれる。訪港旅客」なのでその列に並ぶ、香港居民の方は、滞りなく進むが、「訪港旅客」のサインのある方は遅々として進まない。いらいらしてパスポートを強く握りしめる。


駅は大変な混雑でごった返していた。中国から帰って来た友人に話を聞いていたが、これほどとは思わなかった。年間にこの駅を通過して入出境する人は、年間数千万人を超えるといわれていた。数億の人口を抱える中国と香港の持つエコノミーのおかげだ。香港側のイミグレーションを抜けると、小さな川があってこの川を越えると中国深せん市である。


羅湖(ローウー)駅に到着しておおよそ1時間位かかっただろうか、中国側のイミグレーションをやっと越えると「九広鉄道」のプラットホームがあり、そこから広東省広州への直通列車が出る。ここが中国大陸への旅の出発点だ。


駅のプラットホームは降ったばかりの雨で濡れていた。スコールは去って空にはもう青い空が戻っていた。時折白い雲が風に乗って足早に通り過ぎる。濡れたホームで滑らないように人ごみを掻き分けながら列車向かう。駅のプラットホームには長い旧式の列車が中国大陸に向けて停車している。人ごみの頭越しには地平線が広がり、中国大陸に向けて続く列車線路が真っ直ぐにどこまでも続いていた。


香港で過した日々(完)




香港で過ごした日々はこれで終わりです。

最初から最後まで読んでくれた人がいたらとてもありがたい事です。

お詫びとしては時間がないので、推敲できないまま文をUPしています(言い訳になりませんが)

誤字脱字、読みにくい所多々あったかと思います。

誠に申し訳ありません。


エド吉