「HongKong Blue」
コロニーというのは何時の時代でも、何処の場所でも退廃と虚偽に満ち満ちた場所だ。裏通りに居る人や物だけでなく表通りさえもその観念的な支配を免れない。
アングラな世界だけでなく、表の世界でさえ全て物が暗く湿った得体の知れない何かにすっぽりと包みこまれ、そして覆い隠されているのだ。なにもかもがすりガラスの向こう側の風景のようにぼやけて見えるのである。
もちろんそれはプロパガンダでもあるし、アナーキーな混乱でもある。そしてメインランドとの生活の比較や、人々の虚栄心もその原因として挙げられる。歴史的な文化から離れ、管理されない自由な精神が、バランスを失いアンダーグラウンドに根づき闇となって存在したのだ。
冷戦に始まった東西問題はコロニーの闇を一層深いものにしていった。ベルリンもそうであったし、当時の香港はその闇そのもので作られた世界なのであっように思う。
そこには華やかな表の香港経済の何倍もの裏経済が存在していた。そしてその構造を変革する事を許さない、大きな失望と安堵感の2つの対極が存在した。香港で過した日々はそんな時代の一時の日々だった。
ビクトリアピークへ行こうと提案したのはウーブだった。昨夜クラブで踊っていると、いつものようにお酒とドラッグで焦点の合わない目でウーブが提案した。
「明日は女の子を誘ってビクトリアピークに行こう。」
やれやれ、いったいどこにその女の子がいるんだ・・いつも彼はこんな調子だ、根拠なんかないのだ。きっとウーブは、メインランド(中国)でも同じ調子で生活をしていたに違いない。
「でも……誰と?」、
「メィリン……」
ウーブは呟いた。
「め・ぃ・り・ん?」
聞いたことのない名前だった。まあ、宛てがあるのだったら任せよう。宛てがあるのなら2人で行けばいいのに・・何故誘うのかわからない。
不思議に思ったが、あの夜は適当に入ったアルコールとマリワナの煙のおかげで、あまり深くは考えられなかった。広東語が上手く話せないので、ダブル・デートなんて不可能だ、連れて行く女の子など全く宛てがなかった。まあ、奴が一人でいけばいいや、それくらいの考えでいた
本当は、朝、ダイニングで料理を作ってくれる物静かな少女の事が少しだけ気になっていた。初めて九龍のドミトリーに着いた翌日、友達になったウーブへその子への思いを話したことがあった。
「朝ダイニングで働いている女の子かわいいね」
こんな言った会話からウーブと話が盛り上がり、知り合った夜も早速二人でクラブへ出かけて行った。話が進むうちに、女の子に関する趣味や好みが一致している事がわかった。
深夜になると二人で香港の深い闇の中を徘徊した。果てしなく暗く深い闇だ。あちらこちらに、甘い誘惑がぽっかりと口を開けて待っていた。
半分その深淵に足を取られ堕落に浸りながらも朝早く起き、なんとかその日の生活を送る。そんな風に二人とも頑固に生活のリズムを変えなかった。自然に行動や考えまで似て行動を共にするようになった。そして生活を通して友情は次第に深まっていった。
でも二人には決定的に違うものがあった。それは民族的な特徴としてプリインストールされた積極性と、ウーブはイギリス人のお母親を持ち、ドイツ人の父親持つハーフ特有の融合性だ。それにウーブは堪能な言語能力を活かして、言語の持つ文化的な意味さえもほとんど理解していた。
映画俳優の様な西洋人の容姿を備え、考え方もドイツ人特有の合理的で論理的な解を持っていた。それには反して香港での日本人のアイテンティは全く無いに等しかった、単なる成金国家としか見られなかった。自己主張の強い西洋人のウーブとは全く対照的な位置にあった。
規則正しい生活はしていたが、朝食をとるのは4日に一度ぐらいだ。ダイニングを手伝っている、少女と顔を会わす事はあまり多くなかったが、時々少女の姿を見ると理由も無くドキドキした。
ショートヘアのボーイッシュな彼女は少女からやっと女性になったという幼さを何処かに残していた。また、ブラをしない胸がより一層、彼女をピュアに見せていたのかもしれない。
ウーブとは時々彼女について話をした。最初の頃は二人とも熱っぽく話したが、ここのところは、ウーブからは気のない返事があるばかりだった。
ピークトラムはゆっくりと展望台に向かって動き出した。ビクトリアピーク(址旗山・チェーケイサン)は標高554mの香港島にある山で、夜景を眺めるベストポイントとして香港では有名である。
山頂纜車(ピーク・トラム)はこの山に登るケーブルカーとして1888年と歴史のあるケーブルカーである。今は、車体がすっかり新しくなりとても100年以上前に作られた乗り物とは想像ができない。
山頂の駅までは約10分の道のりだ。乗客は、英語や日本語、そして広東語で夜景の美しさを驚嘆していた。
「Wie sagen Sie?」(How do you say?)
英語だった。ドミトリーを出てから彼ウーブの重い口がやっと開いた。ドミトリーを出るときも、途中のテイクアウトの店でも、ずっと黙ったままだったがやっと口を開いた。
「Was sind Sie talkin ungfahr?」(What are you talking abot?)
わざと解らないふりをした。それを聞いたウーブは再び深い沈黙の中に入ってしまった。
山頂までの途中一番眺めの良い場所でピークトラムは停止する。乗客は一斉に各国の言葉で大きな声で歓声をあげる。眺めの良い席に人が移動するたびに車体がゆれきしむのである。
ピークトラムの右側には香港の高層ビル群とビクトリア・ハーバーが広がっている。陽の沈んだ香港の中心街の高層ビルにはたくさんの灯りがともり、美しい香港の夜景を写し出していた。
=== To be continued ===
凄い風と雨です。台風を眺めながら飲むワインとワーグナーは格別です。
想像してください……台風には絶対ワーグナーと思っています。![]()
紹介された、Ne-Yoの”Sexy Love”もいい曲でした。明け方、その曲を聞きながらコーディングしてました。