「HongKong Blue」
香港島からの夜景は本当に美しい、夕日が落ちるとトラムに乗りビクトリアピークに向かった。香港島の中環まで、ステイしている九龍のチムサーチョイから地下鉄で1駅だ。本当なら夜景を見ながらスターフェリーに乗って行く方がロマンチックなんだろうが、今夜はウーブのお供なので仕方が無い。
ウーブのステイする部屋から、ダイニングで働く彼女が出てきた時には本当に驚いた。ウーブとは4時の待ち合わせだったので、彼の部屋へ行ってノックをしようと扉へ向かって拳を上げると、部屋からでてきた彼女と鉢合わせした。いつものTシャツ、薄く柔らかい繊維でできた短いスカートそんな格好をしていた。
ちょっと顔をあげ、きまり悪そうな表情を浮かべそのままダイニングの奥へ消えていった。すれ違った時、僅かな香りを感じた。いつもダイニングでみるかわいらしい少女ではなく、一人の女性が持つ現実的な香りだ。
ウーブは当時一人で部屋を持っていた。ここの居住者の多くは、女性・男性問わずにドミトリー内にベッドとシーツ(1週間に一度だけ洗ってくれる)を与えられ、それで生活しなければいけない。
時には、階下のベッドが女性だったり、新しく隣のベッドに女性が入ってくることもある。女性達の大多数は、欧州のからやってきた人たちであるが、例外的に日本人や韓国等の東洋系の女性が全くいないこともない(そんな時は本当にドキドキしたものだった)。
少し開いたドアの隙間から薄暗い部屋の中にウーブが影が見えた。ドアをノックし開けて入ろうとしたが、まだ裸らしい様子だったのでドアを開け中に入るのを躊躇した。
しばらくするとタオルを腰に巻いたウーブの方からドアを開けて招き入れてくれた。くしゃくしゃになったベッドのシーツと幾つかの痕跡や残骸が生々しく散乱していた。事の名残を示していたがウーブは気にも止めていない様子だ。
数分前に何が起こっていたのかは疑いようもない。本人は、約束の予定の時間をいとも簡単に1時間繰り下げるとサッサと共同のシャワー室に行ってしまった。
名残の残る部屋に一人取り残され、そこでどう待てば良いのかわからない。ここは、シャワールームも部屋と同じ用に共同で、幾つかのシャワーはカーテンで仕切られているだけだ。隣に女性がシャワーを浴びている時もあれば、タオルを巻いただけの女性とすれ違う事もあった。
ほとんど人はベッドで洋服や下着を脱ぎシャワールームへはタオルを巻いていく、それがこの場所の利用法なのだ。ウーブのように部屋を持っている人を除いて、プライバシーはベッドを囲んだカーテンの中だけだった。その中にはカーテンの仕切りも無いベッドもあり、そんな場所にも人はちゃんと住んでいた。
きっかり1時間後に再びウーブの部屋に訪れてみた。すっきりした顔で現れ何の謝罪も無い。5時を回っていたので彼と一緒に夕食を食べに行くことにした。ダイニングでは夕食は出してくれない、それにその時、彼女と顔を会わすのはとても気まずかった。
宿の裏手にある中国料理店で北京ダックを食べに行く事になった。通りに面したウィンドウに北京ダックがぶる下げられている小さなテイクアウトのお店だ。
店でボックスディナーを買うと、それをぶらぶらさせながら九龍半島の港の先端まで歩いて行き、対岸の香港島を見ながら男で二人で新聞紙に包まれた夕食を食べた(香港島の向こうに沈む夕日が綺麗な日だった)。ゴージャスな夜景だ。
白米に北京ダックの切り身とポテトそして醤油とオイスターソースがかけられただけのシンプルな料理である。1日の終わりの食事としては実に寂しい限りだったが、生きていけるだけの栄養をなんとか取る事ができ、胃の中で物を入れる事で生きている事への実感を思い出す事できた。
プラスティックでできたスプーンとフォークで食べる、なんとも奇妙な中国料理だったが、そんな物に英国のコロニーとすぐそこに横たわる中国の文化の融合を感じないわけにはいかない。
食事を終えるとスターフェリー乗り場への方向とは別に、ウーブはチムサーチョイの駅へ歩き出した。今日はビクトリアピークへ行き、それから香港島のクラブへ遊びに行くつもりだった。
交通手段など何でも良かった。中環の駅からトラムの駅までは徒歩でヒルトンホテルの脇を上って行くのが、ビクトリアピークへの一番の近道だった。ウーブは地下鉄を選んだ……それだけの事だ。
トラムは少し混んでいて、米兵が一番下の席を占拠し喧嘩をしていた。日本人のツアー観光客達の大きな話し声が聞こえる。ウーブとの会話は通常は日本語であるが(彼の面白い日本語を聞かせてあげたい)。
この時はドイツ語で話し掛けてきた。自然と会話はドイツ語になった。理由はわからない。英語と日本語に挟まれてドイツ語で話すなんとも複雑な状況だ。
暗くなった香港の高層ビル群に明かりがともり、美しい香港の夜景が見える。丁度オフィスで残業する人が大勢いる時間帯で一番夜景が美しい時間帯だろう。トラムはガタガタという音と、様々な人種の言葉や声を響かせてビクトリアピークをゆっくりと上り始めた。
==== To be continuned ====
台風ですねぇ~ザー、ザー、ビュー、ビューです。