「8.通信チップ」
改札を抜け地下街から地上へ上がると湿気を含んだ空気が肌にまとわり付く、湿度は家を出たときと何も変わっていない。駅の出入口すぐ横にある公園の鬱蒼と茂った樹々の中からは煩い程の蝉の鳴き声が迫ってきた。
見上げると樹々上にオフィスのある高層ビルの上層階があり、公園や道路を往来する車や歩行者をそこから見下げている様に見えた。
公園のゲートを抜け、モニュメントと涼しそうに水を噴き上げる噴水を抜けて反対側のゲートからオフィス・ビルの裏にある通用口の前に出た。ブリーフケースからIDを取り出しセンサーに翳すと、ガチャという重い金属音が響く。
重い扉を引くと中は直ぐに別の扉があり、そこでもIDチェックが行われる。通信チップを埋め込んでいるものは、そこから先IDによるチェックは行われない。センサーが登録された通信チップのシリアル番号と脳からの信号による生態認証をおこなうのだった。
通信チップによる生態認証は、埋め込まれた通信チップと脳から発生する個人特有の微弱は、パルス・パターンを照合する認証システムだ。脳のパルス・パターンと認証情報を照合するため非常に強固な認証システムと言われていた。
脳のパルス・パターンや通信チップのシリアル番号、データ・ベース上の様々な属性を組み合わせて照合するため外部からハッキングを受ける事は100%不可能と思われてきた。
しかし約3年前に一度だけ発生した「人格交換事件」と呼ばれる通信チップへのハッキングと脳細胞への外部からの介入による2人の人間の人格交換が行われて以降、「ジャミィ」と呼ばれるネックレスやブローチを身に付けるようになった。
「ジャミィ」は名前の通り、単純に通信チップへアクセスする全ての通信をジャミングしてしまう装置だ。装置を装着すると正常な通信を含み通信チップへの介入は、どのような条件下においても許可されなくなる。外部の電子ロックとして働くのだ。
通信チップを埋め込んだ社員は、ビルの通用口である第一ゲート(G1)を越えた安全なエリアで「ジャミィ」を切らなければビル内へアクセスする事は一切できなくなるが、外してしまえばそれ以降のゲートでは全てこの認証により自動的に開くようになっている。
反対に通信チップを埋め込んでいない社員は、G1からG5と呼ばれる全てのゲートで異なるID認証や生態認証等の複数の複雑な認証をパスしなければをばオフィスへ辿り着く事ができない。
社員は入社すると直ぐに会社からチップを埋め込むかどうか希望を聞かれ、この時点で希望を申し出た社員には無料で通信チップの手術を受ける事ができた。
精神疾病の場合には手術料に保険を適用できたが、エンターテイメント目的での手術は汎用化され、簡単になったとはいえ、個別対応を必要としたのでまだまだ高価だ。
しかし多くの人々はハッキングのリスク負い、高価な料金を支払ってまでも通信チップの埋め込み手術を行った。U-4はそれほど魅力的な発明品なのだった。
G5にやっとたどり着いた頃にはG1ゲートへ入って10分も経過していた。この会社に勤める限り毎朝この手続きを続けなければいけい。G1に始まりG5まではそれぞれ業務の機密度に併せた部署のオフィスが配置されている。
我々の部署はU-4のコア・システムつまりは最高機密を扱うC5にあり、オペレーション・センターもこのC5の中に置かれていた。
これほど苦労してまで通信チップを埋込もうとはぜずゲート認証に苦労を重ねているのには理由があった。亡くなった父から小さい頃、友達と遊んでいる最中に頭を強く打ち記憶を失くした事があり、通信チップを埋め込む事が危険だと言われていたからだ。
頭にはその事故による大きな傷があり、髪の毛を短くするとその傷が痛々しく現れた。その時の記憶は全く無かったが、父と母がまだ生きている時にその話を繰り返し聞かされていた。
U-4を取り扱う技術者がU-4を利用できないなんて皮肉な話だ。所属する部門の中でも宗教的な理由で装着をできないスタッフを除き、U-4の技術者で通信チップの手術を受けていない人は他にいない。
父と母はU-Xシリーズのコア・システム開発者なのに、幼少の頃の怪我を理由に通信チップの装着手術を完全に禁止し、通信チップに関する話題を封印した。
父と母が通信チップのプロトタイプを自分達に装着していた事は、二人がほぼ同時に病気で死んでしまった後まで知らなかった。何故彼らが、通信チップを付けている事を黙っていて、話題を封印してしまったのか今になっても理由はわかっていない。
G5の前に立ち最後のDNA認証を行う。G5の中は完全に外部と隔離され、まるで巨大な銀行の金庫の中に入るような厳しさだ。この中にはU-4のコア・システムが置かれ稼動している。
ケィはそのオペレーション・ルームの中で待っているのだ。大きな深呼吸をして核戦争が起こってもびくともしない程の厚い金属製の扉が開くのを待った。
残暑、残暑、残暑……暑いよぉ~ダイハード4.0観ました。面白かった!