7:46・・・まであと6分 | weblog -α-

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なんとな~く  思いつきで  好き勝手に  (=゚ρ゚=) ボヘー  っとやってます。


ボク、目眩が酷くて映画ぐらいしか観る気しないよぅ。
という訳で、最近多すぎてスミマセンな映画レビューです。
難解な映画とか観てた方が日常で考えてる事よりよっぽど単純!っていうのはどうなんでしょうね。
ともあれ、今回もネタバレ上等のレビューで御座います。

さて、今回は 『11:46』 というカナディアンホラー作品。
ホラーって言っても、純ホラーじゃなくてスリラー映画って感じなんだけどね。

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予め言いますと、これはそれほど優れた作品って訳じゃないです。
でも、設定とかはなかなか細かく作り込まれてたりして、映画としての出来不出来はともかく、語るべき作品とは言えるんじゃないかなと。

まず、タイトルは 「11時46分」 の意味そのままなんだけども、原題は 『End of the Line』 という事で、よくある邦題のセンスが無さ過ぎパターンのやつです。
タイトルって大事なんだけどね、頭の悪い奴は今の時代になってもこういう陳腐なセンスで付けたりするんだよね。
おととい来やがれって話ですな、まったく。

原題を直訳すると、『終点』 って意味。
主な舞台が地下鉄って事もあるんだけど、ストーリー的には世界の終末も意味してます。
つまり、ダブルミーニングってやっちゃね。

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さてさて、物語は精神科のナース、カレンが主人公。
仕事帰りの地下鉄のホームで電車を待っていると、見るからにタチの悪いイカレポンチ野郎にナンパされかけます。
たまたま同じホームで電車を待っていた青年・マイクの助けでそれをやり過ごしたカレン。
自分の担当患者が地下鉄に飛び込み自殺をしたと報告を受けたカレンは落ち込み気味で、助けてくれたマイクにも愛想を振りまけないほど。

ようやく電車が到着し、誰も居ない車輌に一人乗り込んだカレン。
程なく電車は出発したものの、不意の緊急停止。
車内の明かりが消え、薄暗い非常灯だけが照らす中、カレンは窓の外に自殺したはずの担当患者の姿を見てしまうのでありました。
と、驚いたカレンの声を聞いて駆けつけてくれたマイク。
ホームでは素っ気無くあしらってしまったが故にバツの悪いカレン。
なんとか会話をしていると、隣の車輌から白髪の老婦人が。
「申し訳ないけど、一人だと心細いのよ。一緒に居ても?」
老婦人の申し出を快く受け入れたカレンとマイク。

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感度の悪い車内放送はよく聴き取れず、事態は判明しないまま。
すると老婦人のポケットベルが鳴り、カレンとマイクは窓から外の様子を窺い始める。
と、おもむろに老婦人はマイクの背後に歩み寄り、肩口を刃物で突き刺す。
「ごめんなさい。でも、あなた達の為・・・あなた達を救う為なのよ。」

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・・・という訳で、ここから物語の本筋が始まります。
簡単に言うと、この作品の脅威となるのは宗教団体の信者達。
つまりはゾンビやらのモンスターとは違い、敵はあくまで人間です。
しかも、いわゆるイカレた殺人狂でもなく、ついさっきまで普通に日常を過ごしてた平凡な人々。
善悪の区別もあり、常識もある普通の人々が、唐突に殺人を犯し始める恐怖。
そして、そんな人々に理由も解らず襲われてしまう恐怖。

地下鉄、そしてカルト教団というキーワードからして、ネタ元のヒントはあの地下鉄サリン事件でしょうな。
事件は毒ガスを使った大規模無差別テロだったけども、それがガスでは無く刃物による直接攻撃だったら?・・・と仮定したところで構想を膨らませた話だと思われます。
んで、毒ガスこそ劇中では使われてないんだけども、それとは少し違う方法で大規模攻撃を行っている描写は見られます。
めちゃめちゃ解り辛いけども。

うん、あの、この作品で一番に挙げるべきポイントってのは、細かい設定がわりとちゃんと作り込まれてるのに、それが物凄く解り辛いって事。
少なくとも、初見で全部納得する様な作りにはなってません。
言われたら気付くって要素ばっかり。
ある意味、DVDなり動画データなりのソフトありきで成立する作品とも言えるんで、劇場作品として見ればタチの悪い部類になるんだろうけど、「ソフト化大前提の今時だから」 って見方をするなら全然アリなのかなと。
まぁ、俺は個人的に嫌いじゃないけどね、一粒で何度もオイシイ類のは。

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さてさて、この作品の脅威であるカルト教団ですが、『希望の声』 という組織で、劇中ではかなり手広く活動してる様子が窺い知れます。
とにかくあちこちにポスターが貼られていたりする事から察するに、日本で言う創○学会みたいなレベルか、それ以上の信者数を誇る組織の様です。
つまり、いつも挨拶を交わしたり、一緒に働いたりしている間柄の人が、実は信者でした的があってもおかしくない感じ。
とにかく、希望の声は巨大宗教組織だという事がポイント。

で、物語はそんな巨大組織の信者達が、突然殺人者に変貌してしまう話な訳ですが、その合図ってのがポケベルで行われる指示一つ。
たったそれだけをきっかけに、さっきまで普通だった人が人を殺し始めるという異常さ。
それこそまさに、宗教というものの恐ろしさであり、『信じて疑わない』 『疑念を抱かない』 という素直さが孕む恐怖。
「疑うより信じろ」 なんて事を美徳にする人も居ますが、そんなものは1000%理想論に過ぎず、現実的には 「信じるよりまず疑え」 が正論な訳です。
前者は、確実に何か魂胆のある奴の常套句で、『信じる』 という事を大前提に置く事で、コントロールし易い状況下を作り出そうとしてるだけです。
つまり、洗脳ですな。
オウム事件然り、多発する詐欺事件然り、コントロールされてしまった者が最終的にバカを見るシステムになってるんですな。

という訳で、教団の指示によって救いという名の殺戮を始める信者達。
劇中の舞台となる地下鉄には、どういう訳か、そんな信者達がワラワラと乗っていたりします。
これまた初見では違和感を覚えて 『ご都合主義』 と捉えてしまいがちですが、どうやらそうじゃない事は劇中のセリフに表れてるんですねぇ。
殺戮命令のポケベルが鳴る直前の信者のセリフで、「今夜は牧師様に会えてホントに感激したよな」 ってのが出て来ます。
つまり、信者達は電車に乗る前、教団の集会か何かに参加していたって事。
それが終わった後の電車だからこそ、結構な人数の信者が同じ地下鉄に乗り合わせてたって事なんですな。
そんなの、初見じゃまず解らない。

んで、この 『乗り合わせた信者達』 ってのは結構な重要ポイントで、実は、幾つかのレビュー記事を見ても指摘が無かった事が一つあります。
狂信者達から逃げる一団の中、恐らくハリウッド映画なら主役になっていたであろう登場人物、ニール

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ガタイが良くて男っぽくて正義感もある彼は、まさにヒーロータイプのキャラ。
実際、逃げる一団のリーダー的存在としてずっと活躍する訳なんだけども、終盤でわりとあっさり殺されてしまうんですな。
「えー、そんな簡単に殺しちゃうのー?」 って思った人も少なくはないはず。
で、その辺りに違和感を覚えたんでサクッと観直してみたんだけども、やっぱり彼は他の乗客達とちょっと違う立場だったんだろうなと。
と言うのも、車内の狂信者達から逃げ出して乗客達が一団となった辺り、ニールだけはやたらと教団について詳しいんですよ。
事情通ってのはどこにでも居るもんだけども、どうも描き方はもっと深く教団に精通している様な感じ。
んー?と思って、ニールが殺されるシーンも観直してみると、地上の建物に逃げ延びたニールに対し、狂信者の一人がロックされたドア越しに 「空を見ろ、兄弟!」 って歓喜してる訳ですよ。
それで察した。
「こいつ、やっぱり教団関係者じゃねぇの?」 と。

地下道に逃げて信者達についての説明をみんなにするシーンでは、「彼らは銃を使わない。剣だけだ。剣がシンボルなんだ。銃は穢れてるから使わない。」 とコメントしているし、「知り合いに大勢信者が居る。みんな良い人達で、まともな人達だ。」 ともニールは語ってる。
単に知り合いに信者が居るだけにしては詳しすぎるし、死ぬ直前のシーンでは狂信者の一人から兄弟と呼ばれてる。
いざ刺し殺された場面でも、狂信者の老婦人はニールの死体を抱きながら頭を優しく撫でてたりする。
状況的に考えると、やっぱりニールは教団にある程度深入りしてる人物で、自分が信者ではないにしても、知り合いの信者からは仲間の様な認識までされてる存在だったんだろうなと。
だからこそ誰より事情通で、信者達の変貌にも一番驚いてたんじゃないだろうか・・・と。
まぁ、それも初見で解る様な話じゃないんだけど。


さて、この作品の主役はナースのカレンなんで、今度は彼女を軸にした部分について。
まず、物語の冒頭、カレンが地下鉄の車内で手にする封筒。
表に書かれているのは、 『カレンへ。 -麦角菌- ヴィヴィアンより。』 というもの。
何の事やらサッパリだが、それは当然の事。
なんでって、具体的な説明は一切無い上に、物語を一度最後まで観ないと意味すら解らないから。

劇中の原文は、『CLAVICEPS PURPUREA ERGOT』 とある。
CLAVICEPS PURPUREA(クラビセプスプレア)、及びERGOTは、麦角菌を指すもの。
麦角菌はアルカロイド系の毒素を含んでいて、中毒を起こすと神経系統や循環器系統に影響し、幻覚症状、精神異常、痙攣、意識喪失などの影響を及ぼす・・・との事。
ちなみに、麦角菌はライ麦の病気としての認知が一般的とか。

という訳で、平たく言うと強いドラッグの様な症状が出るもので、劇中の一連の怪異に関しては、この麦角菌による影響って事が暗示されてたりする訳だ。
カレンが見てしまう自殺した担当患者のヴィヴィアンだったり、終盤に表れる得体の知れない存在だったり、それらは全て麦角菌による幻覚症状。
んじゃ、どうしてカルト教団の暴走話にそんな毒物が関係してるのかと言うと、前述の通り、教団は手広く活動してる訳で、カレンの勤める病院にもデカデカとポスターが貼ってあるのが見受けられます。
病院のどこに貼ってあったかっていうと、教団がボランティア的に搬入しているらしきマフィンの置き場所。

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カレンは二つほど手に取るんだけども、控え室に行った時にあるのは一つ。
一つはもう食べた後ってのが残された包み紙の様子で解る訳で、その直後に幻覚症状がもう出始めてます。
つまり、教団は無差別的に麦角菌を混入させた食品等を方々にバラ撒いていて、その時点で大規模テロをスタートさせていたって事になるんですな。

カレンは勤務中にもう異変に気付いてます。
「なんでかしら。今日はやけに入院患者が多くない?」 と。
それに対して同僚が言う訳です。
「無理もない。今日は満月の上に月食だ。みんなおかしくもなるさ。」 と。
でも、それは満月で月食の夜を審判の日と決めた教団の仕業であり、教団が仕込んだ麦角菌による影響だった訳です。
まさしくカルト教団。

実際、歴史を見ても宗教とドラッグは切り離せない関係性があって、それは海外だけではなく日本でも同じ事。
祈祷や儀式には幻覚作用のあるドラッグが必須で、ある意味、そこで見る幻覚に神秘性を見出しているのが元来の宗教というもの。
だからこそ、どの宗教にも神官や巫女の様に特別な地位が存在し、そういった人々だけがドラッグを扱うという取り決めがあった訳だ。
つまり、ドラッグの乱用リスクを認識していたが故に作られた立場であり、それが宗教に欠かせない地位の神格化をも生み出したという訳。
本尊である神そっちのけで教祖やらが崇められるのはそのせい。

実際のカルト教団による事件で言うと、有名なのはブランチ・ダビディアンの篭城事件。
終末思想であるが故に武装化し、危険視された教団に強制捜査が入ると、それに対して銃撃。
篭城した末、建物出火により信者81名が焼死という事件。
又、チャールズ・マンソン事件の場合、LSDにより支配下に置いた少女達を使い、ファミリーと称する教団に信者を集め、彼ら信者に命じて複数の殺人をさせたという事件もある。
ヘヴンズ・ゲート事件も変わり種だが有名で、宇宙崇拝的な背景から、ヘール・ボップ彗星出現の時期に合わせ、教祖含む40名ほどが集団自殺した。

とまぁ、実際のカルト教団の事件でも、教祖による危険思想、集団意識は極めて恐ろしいもので、殺人や自殺、麻薬や毒物の使用が社会的価値観から逸脱したものだと認識していながらも、信じた対象から指示されれば、それらを当たり前に受け入れてしまうという害悪だ。
信仰こそ悪ではないにせよ、根本的価値観まで他者に委ねてしまう自分の無さは、脅威以外の何物でもない。
まぁ、そんな群集心理というやつが、日本人には根付いてしまっているから笑えないんだが。

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さて、カレンは最終的に生き延びる訳なんだけども、序盤にナンパして来たイカレポンチ野郎のパトリックに襲われて危機一髪のところだった。
それでもなんとか倒して無事だったから良かったのかと言えば、どうやらそうでもないって事が解る。
どこで解るのかって言うと、なんと作品冒頭のシーン。
地下鉄内で襲われる幻覚を見た後、泣きながら怯えながらシャワーを浴びるカレンが映るんだけども、その時のカレンの肩には大きな刃物傷の痕。
その傷こそ、ラストでパトリックに襲われた時に出来たもの。
・・・ラスト観ないと解らん傷をですね、作品の冒頭で見せられて気付いたらエスパーですよw
ホントに解り辛いんだよねぇ、この作品。

まぁ、シャワー後に出て来たカレンが犬を撫でてるシーンで聞こえるのは、宗教関係者を狙った自爆テロが横行しているというニュース。
これについても幾つかのレビュー記事を見ると誤解してる人だらけだったけど、標的にされてるのは 『希望の声』 の生き残りとかじゃなく、あらゆる宗教組織なんですよ。
つまり、希望の声の大規模テロによって世界各国が大ダメージを受けた訳なんだけども、集団自殺によって希望の声自体はほぼ壊滅したんでしょう。
でもそれは、受けたダメージに対して反撃する対象が無くなったって事でもある訳だ。
やられてもやり返せないとなれば、その矛先は 『宗教組織』 という大きな括りに向けられて、世界中で過激な宗教弾圧が始まったって事なんだろうなと。
あるいは、世界で目下危険視されている宗教組織がまず標的になっている・・・という流れ。
ただ、自爆テロはイラクのラマディで多発ってニュースで言ってる事からすると、イスラム原理主義の組織辺りが、希望の声事件はアメリカの陰謀とか言ってやってるとも限らない。
まぁ、いずれにしても、希望の声は集団自殺でほぼ壊滅って考えるのが妥当だと思うから、それ自体が標的になってるって見方は違ってると思う。
とは言っても、教祖ってのはコソコソ生き延びてたりするもんだけどね、現実でもフィクションでも。


え~と、ここまでカルト教団の暴走って話で作品の事を説明してるんだけど、「だったらホラーじゃないから観られるかな~」 とか考えてる人が居ないとも限らないんで言っときます。

この作品、下手なホラーよりよっぽどグロいよ!!!

っていうか、エグいんだよね。
なんせハリウッド映画じゃないんで、描写の規制の概念が全然違うのよ。
解り易いところで言うと、小学生ぐらいの少年がフツーに撲殺されるシーンがあるし、妊婦が殺された上に、胎児まで取り出されてるシーンもある。
ハリウッドじゃ絶対あり得ないシーンだけど、カナダ映画だから全然規制されてません。
基本的に流血シーンはちょっと無駄なぐらい多いし、狂信者は善意で殺戮をしてる訳だから、その罪悪感の感じられない殺戮シーンは、人として気持ち悪さを感じるものばっかり。
まぁ、悪趣味極まりないシーンが随所にあるから初心者向きではないけど、下手に規制して痛みを緩和させてる作品なんかよりは好感持てるんだよね、俺なんかは。

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あ、それから、ラストでカレンが幻覚によって見る得体の知れない存在達なんだけど、その動きがね、前衛パフォーマンス的で妙に面白がってしまったのよ、俺はw
腰とかくねらせてて、ソフトバレエの森岡賢かと思いましたw
造形もそれほど怖いって印象でもなかったんでね、尚更ちょっと滑稽に見えたのかも知れない。

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あと笑えたのは、イカレポンチ野郎のパトリックなんだけど、童貞を告白するシーンとかはわりとジワジワきた。
終始考えてるのはチェリー卒業で、とにかく 「ヤラせろよ~」 とか言ってる姿は可哀想になってくるほどw
まぁ、だからっていちいち犯そうとするのはアレだけど、自殺命令が出ても諦め切れずにカレンを襲う気持ちはちょっと解らなくもないw
とにかく童貞のままで死にたくないっていう強い思いねw
中学生ぐらいの頃には確かにそういう想像した事あるもんなw
でも結局、パトリックは童貞のままで倒されちゃうっていうね・・・オスとして切ないよねw


とまぁ、こういった作品なんだけども、とにかくはね、一度観ただけじゃちっとも解らないのは映画として痛い。
いや、初見で謎が多いだけなら良いんだけども、謎とすら気付かないほど単なるB級ホラーに見えてしまう辺りがとっても痛いんだよね。
ヒント出すの下手すぎというか、演出アイデアとかをもっと捻り出してたら評価上がったと思う。
総体的には悪くないし、ちゃんと細かい設定まで気付けば、充分面白い作品なはずだから。
個人的には、ラストで変なのがウヨウヨ出て来るより、狂信者の死体がゾンビ化なんかするとぶっ飛んでて新しい気がしたけど。
ラスト1分だけゾンビ映画とか、なかなか驚くと思うんだけどなー。