眠れない日がとても続いています。
きょうは私のパーソナルな話をします。
昔から気を遣いすぎる性格の私。
人間関係においても、疲弊してしまうことが多々あります。
小さなころ、もともと性格は積極的で怖いもの知らずでした。
それ故今思えば恥ずかしいことも多々してきました。
人の気持ちにも鈍感で、ズケズケと声高にいうタイプでもありました。
それが原因で二年間イジメを受けたこともあります。
そんななかでも、一回一回しっかりと頭を打ったり、その度に叱ってくださる人のやさしさに触れるうちに、人からどう見られるかを意識するようになります。
今や過去の自分、過去の過ちを消したいくらいに思う日々。
だけど勉強を重ねての今があるので、極力否定はしないように生きています。
しかしながら同じ失敗を繰り返してはいけない。
そう思いながらも人々にはご迷惑をおかけしてしまうもの。
その度に病んでは疲れてしまいます。
元々私のことが気に入らない、嫌いだという人は多々いますでしょうが、そのような人々に対しては特に何の感情も浮かびません。
ただ新たな関係、私を思ってくれている人に対して、私は今以上の恩義を返さねばならぬと、執着してしまいます。
そこにプレッシャーを感じて、日々過ごすのであります。
わかってはいるのです。
誰も私からの見返りなど期待してもないし、
ましてや私があなた方にとって取るに足らない存在であることも。
このように卑屈になることも、勉強の副産物ではあります。
私はとある病気であると10数年前に診断されました。
そこから薬を毎日欠かさず飲んでおります。
思春期の真っただ中を病気と駆け抜け、その間たくさんの経験をし、たくさんの人に救われながら回復に向かっておりました。
今や、傍から見ればなんらエラーのない「普通」の人間です。
しかし内面には、先に述べた副産物や、壊れてしまった自律神経などが残っております。
もちろん生活のレベルは昔の私が想像もできなかった具合によくなっております。
面白いことを笑っていられるんだから。
ただやはりそのベトリと残った、薬ではどうにもろ過できなかった負の部分で、人様にご迷惑をおかけすることがあります。
そのたびに相手は私を分かろうとしてくれる。
私はそれがとても辛い。
分かってくれようと「させてしまう」私が憎い。
私はもう誰にも迷惑をかけて生きたくないのです。
人のやさしさが、自分の情けなさを際立たせてしまう錯覚に。
そう、それは錯覚だと頭ではわかっているのだけれども。
どうにも割り切れないのです。
人は一人では生きていけないと、よく言われますね。
その通りなんです。
しかし私はただ迷惑をかけたくないんです。
その辺に転がってる石のような存在になれたら。
そう思います。
生きることが迷惑ならば、いっそ。
そう思い、何度か行動しました。
しかしそれは死の恐怖に打ち勝つ強さは持ち合わせてはいませんでした。
その行動もまた、たくさんの人にご迷惑をおかけしたことも勉強しました。
今は生きていたいです。
とても静かに。
気を遣わず。
秋はとても心に冷たい季節ですが、私は秋が一番好きです。
こうして沈んだ時は自分を見つめなおす機会にもなります。
なんとなく、知ってほしいだとかではなく
自分のことを書いてみたくなりました。
また弾いてみた動画も撮ってます。
ご興味ございましたら