7日、下田東遺跡で平安初期の役人・伊福部豊足(いふきべのとよたり)の遺書のような木簡(もっかん)が発見された。
上司宛と思われるもので、
「死にそうですので、もうお仕えできません」
というような内容が書かれていたという。
●伊福部氏・廬城部氏(いふきべうじ・いおきべうじ)●
火明命(ほあかりのみこと・ほのあかりのみこと)の子孫とされる氏族。由来は①景行(けいこう)天皇の皇子・五百城入彦命(いおきいりひこのみこと)の伴造説や、②製鉄の部民説、③炊事の部民説、④笛吹きの部民説などがある。古来から宮城の伊福部門(後の殷富門)の警備を担当した。成務(せいむ)天皇代の因幡国造(いなばのくにのみやつこ)・伊其和斯彦(いきわしひこ)、雄略(ゆうりゃく)天皇代の湯人・廬城部武彦(たけひこ)、墓誌が発見された奈良時代の釆女(うねめ)・伊福吉部徳足比売(とこたりひめ)などが知られている。(『日本古代氏族人名辞典』『国史大辞典』吉川弘文館 ・『日本史広辞典』山川出版社 参照)
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