10日以前、伊勢国司(今でいう三重県中部知事)・北畠家(きたばたけ)の館跡とされる多気北畠氏遺跡で、館の東端の石垣の一部が発見された。
同館は明応八年(1499)に一度焼失した(前期館)と伝えられており、今回発見された石垣は再建後の後期館のものと思われている。[毎日新聞]
● 北畠家(きたばたけけ) ●
鎌倉~室町時代に栄えた公家・武家。祖は村上源氏の一流・中院雅家(なかのいんまさいえ)。雅家の曾孫・親房(ちかふさ)が後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の信頼を得、その子・顕能(あきよし)が伊勢国司に任じられて代々国司を継承するが、具教(とものり)の代に織田信長に侵攻され、天正四年(1576)謀殺されて滅亡した。(『日本史広辞典』山川出版社 参照)
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