新田柵(宮城県大崎市) | ☆★☆★☆★☆歴史タイムッス☆☆☆☆★★☆古今東西歴史関連記事リンク集

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 28日、伝新田柵跡の南側で奈良時代のものと思われる大型掘立柱建物跡が発見された。
 建物跡は27.5×6.6m、政庁ではないが重要施設に違いなく、同遺跡が新田柵であった可能性が高まったと思われる。[サンスポ]

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● 新田柵(にったのさく・にいたのさく) ●
 陸奥国に置かれた古代の城柵。多賀柵など五柵の一。造営年代は8世紀初め? 天平九年(737)に持節大使・藤原麻呂(ふじわらのまろ)が、部下の大伴美濃麻呂(おおとみのみのまろ)に守らせたのが初見。大嶺八幡遺跡ほか宮城県大崎市東部一帯が有力視されている。(『国史大辞典』吉川弘文館・『日本史広辞典』山川出版社 参照)

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