『(棄権は)ないです。出るしかない』りくりゅうに“明らかな異変”…脱臼した三浦璃来を気遣った木原龍一、会見での明るい表情『記者が見た、決断の舞台裏』
フィギュアスケート・ペアの三浦璃来と木原龍一は、12月上旬のグランプリファイナルでの劇的な優勝をはじめ、シーズンを順調に進んできた
迎えた全日本選手権は、思いがけないアクシデントに襲われ、そして2人の真価を示す大会となった
異変が起きたのは明らかだった
12月20日、ショートプログラム。演技が始まる直前の6分間練習で、それは起きた
スロージャンプの直前、三浦がつまずき、木原とつないでいた手が引っ張られた。三浦が苦しそうな表情に変わる。木原の表情も変わる。その後、リンクサイドに戻ると、トレーナーの処置を受けた
異変が起きたのは明らかだった
それでも演技の始まる時間になると、大きな歓声の中、2人が氷上に現れる
スタート。冒頭、トリプルツイストリフトを決める。トリプルトウループも成功。2人ならではのスピードある滑りとリフトを決めていき、3回転のスロージャンプもこらえながら着氷
ステップとスピンに、歓声が場内に響く。フィニッシュとともに、さらに大きな歓声と拍手が響き渡った
演技の後、三浦が涙を浮かべる。木原が労わるように手を添える。場内に挨拶するとき、三浦は左腕をあげられない
それでも得点は84.91点。国際スケート連盟非公認ながら、世界歴代最高点を上回った
『(棄権は)ないですね。出るしかないので』
演技の後、三浦は6分間練習でのアクシデントを明かした
『スロールッツジャンプに入る前のクロスカットで、私がつまずいてしまい、その拍子に変な角度になり左肩が外れてしまいました』
左肩を脱臼していたのだ
『心臓が止まるかと思いました』
木原はアクシデントの瞬間を振り返り、こう語っている。だが棄権は考えなかったと言う
『あんまりその考えが思い浮かばなかったです』(三浦)
『ないですね。出るしかないので』(木原)
そして高得点をマークしてみせた。そこには2人の経験があった
『全部は手を引いていなかった』木原の気遣い
これまでも三浦はしばしば脱臼に悩まされてきた。例えば昨シーズンのグランプリファイナルでも練習中に痛めている
たびたびあった脱臼と向き合い、対処法も学んできた。テーピングをすることで感覚が狂った経験から、しない方が安全だと判断し、今回はテーピングしなかったのもその一つだ
精神面での対処にもいかされた。木原は言う
『不安はあったと思います。でもそこにフォーカスしてしまったら、去年のグランプリファイナルと一緒で修正が不可能な状態になってしまいます』
だから三浦に言葉をかけ続けた。三浦は言う
『最初のポーズに着く直前まで、「あなたはできる。怪我をしたことにフォーカスをするな。エレメンツごとにしっかり集中して一つ一つのことを考えなさい」と言われました』
結果、『今回やっと、気持ち的にもすごく強く挑めたと思います』
言葉がけだけではない。木原は演技の中でもサポートしていた
『(三浦の)手を引いているように見せて、全部は引いていなかったです』
手を引けば、三浦の肩に負担がかかることを考え、引いているように見せるにとどめたのだと言う。そんな木原に、三浦は感謝の言葉を捧げた
『全部、調整してくれました』
『そうそう、龍一くんが一番だったね』
そうしたさまざまな対処と工夫、何よりも気遣いがあっての高得点だった。そして『不安だった』(三浦)という演技直前から一転、滑り終えた後は明るさを取り戻していた
『トレーナーさんやコーチがそばにいてくれて、「大丈夫」と声をかけてくれていました』
と三浦が感謝を込めて話していると、木原は『俺は?』と口を挟む
『龍一くんも。そうそう、龍一くんがいちばんだったね』
三浦が明るく返す、そんな一幕もあった
結果的に、21日のフリーはリスクを考慮して棄権を選択。優勝とはならなかった。ただ、アクシデントに見舞われ、それを乗り切ったショートプログラムは、あらためて2人の培ってきた地力を思わせるものだった
『難しい判断でしたけど…』棄権を決めた最大の理由
21日夜にはミラノ・コルティナ五輪代表が発表され、三浦と木原も名を連ねた。その翌日、取材に応じた三浦は、肩の状態はそこまでひどくなかったと言う
『それ(昨年のグランプリファイナル)よりはひどくないです。今はすぐに戻れるように安静をとっています』
木原もこう話した
『今休めば、来週から復帰できます。難しい判断でしたけど、オリンピックのことを考えて(棄権という)判断をしました』
そう、あくまでも目標はオリンピックだ。三浦は言う
『メンタル面も成長していた、4年前(の北京五輪)より自信を持って臨めます』
木原は言う
『(ペアの)個人戦でのメダルは日本の歴史にはないので、そこを目指して頑張っていきたいです』
『オリンピックは、多くの人に見てもらえますし、カップル競技は注目していただくことが難しかったので、僕たちが頑張ることによって次世代にチャンスを残せたら、2人で頑張ってきた意味があると思います』
シングルが大きな注目を集める一方、木原はソチ以降のオリンピックに出場する中で、ペアが対照的な境遇に置かれている現状を感じてきた
だからこそ活躍を誓い、2人にとって2度目の大舞台を見据え、進んでいく


