『ひたすら悔しくて…』フィギュア全日本選手権銀メダルの鍵山優真20歳が明かした″世界一”への欲望『今のままだと世界のトップに立てない』

  全日本選手権選手権(12月21~24日)の男子ショート。鍵山優真(20)の演技は、″世界一”と称される4回転サルコウから始まった。そのクオリティの高さは折り紙付きで、NHK杯のフリーでは4人のジャッジから出来栄え(GOE)で最高の『+5』を獲得した美技抜群の飛距離と流れを誇るジャンプである

 

  ところが、まさかの転倒。残る『4回転+3回転』とトリプルアクセルはきっちりと決めたものの、演技を終えると、ため息をつきながら首を横にかしげた

 

  リンクサイドでは、今季からコーチについたカロリーナ・コストナーが微笑んでいる。よろよろとリンクから上がると、優しく背中をなでられた

 

ショートの演技後『ひたすら悔しくて』

  得点は、93.94点での3位発進。コストナーが小さく手をたたき、父の正和コーチは鍵山と目を合わせ、″仕方ない”といった様子で苦笑いを見せた。納得いく得点ではないものの、『世界選手権の3枚の切符をかけた全日本選手権』という位置づけからすると、順位そのものはフリーにつながった、と判断した様子だった

 

  インタビューに現れた鍵山は、まだ現実を消化しきれていないといった表情で語る

 

『ひたすら悔しくて』

 

  少し落ち着いてくると、ミスの原因を探った

 

『6分間練習の時から、全日本選手権特有の雰囲気や緊張感を感じていました。6分間練習が終わって、自分の準備をしているうちに「ああ始まるんだな~」と思って、気づいたらスタートのポーズに立っていて、気づいたら4回転サルコウを失敗していました。余計なことを考えていたとかは全然なかったんですけど……』

 

  独特の緊張感が、思考を停止させていた、といった状況だろうか

 

『やはり全日本選手権は、GPシリーズとはまた違う雰囲気があります。言葉では表しにくいのですが、全員が知っている人で、日本一を争う場で、みんなが調子を上げてここに臨んでいる。僕も気持ちを高めていました』

 

『一番のライバルは自分なので…』

  確かに、宇野昌磨も今回『僕はオリンピックも含めてどんな大会も経験してきましたが、一番緊張するのが全日本』と語っている通り、その緊張感は特有なのだろう。しかも鍵山にとっては、今季のNHK杯で宇野を抑えて優勝し、″日本一”に手が届きそうな状況で迎える期待と重圧もあった

 

『本当に色々な大舞台に立たせていただいて、色々な緊張感を乗り越えてきたので、全日本も乗り越えられない試合ではないはず。フリーは自分に集中して、一発一発大切にこなしていきたいと思います』

 

  改めてスコアを確認すると、宇野が10点以上の点差をつけて首位となり、2位から8位まで10点差以内ひしめきあう状況誰が表彰台に乗ってもおかしくない激戦であることを感じ、気持ちを固める

 

『こういう時こそ、周りに流されないことが大切です。周りが良い演技をすることは自分のモチベーションにはなりますが、だからといって焦ることはない。自分の一番のライバルは自分なので、自分のやるべきことに集中してやりたいと思います』

 

  2日後のフリー。男子の最終グループはスタンディングオベーションの連続だった。友野一希、佐藤駿、三浦佳生と力を出し切り、暫定首位を塗り替えていく

 

『公式練習や6分間練習から、皆が良い演技をするんだろうな、というのは感じて、他の選手の演技は見ないようにしていました。お客さんが盛り上がっていたので、僕もその波に乗ろうと思いました』

 

  周りをみて緊張するのではなく、自分も波に乗るにはどうするか。2日前よりも落ち着いて、自分の置かれた状況を分析した

 

『今日はしっかり呼吸を忘れないように、ということだけを意識しました。一昨日よりも、自我を保ちながら会場の雰囲気に呑まれないように。今日に限っては、絶対にパーフェクトな演技をしなければなりません。こういう時こそ、結果を気にするというよりも、とにかく全部やり切ろうとだけ考えていました』

 

演技冒頭で″世界一”に値するサルコウ

  そして演技冒頭、ショートではミスした4回転サルコウを跳ぶ。フワリと浮き上がり、無駄な力が一切ない飛翔と、なめらかに流れていくランディング。いつもの鍵山のジャンプである。ジャッジ4人が『+5』を出し、GOEと基礎点をあわせて14.00点を一気に稼いだ。NHK杯のフリーのときと同じ加点をもらい、″世界一”に値するサルコウだった

 

  そこからは全力を出しきるだけ。7本のジャンプをパーフェクトに着氷し、勢いのある演技が続いていく

 

『ジャンプもスピンもすべて、出来栄え(GOE)とレベルを取ろうと全力でやっていました。でも、気づいたらステップに入る時に体力がなくなっていて……。気合が入り過ぎちゃいましたね』

 

  演技終盤のステップシークエンスは、コストナーコーチと最も注力して取り組んできた、一番の見せ場。曲調がだんだん速くなっていく部分で、畳み掛けるように力強くキレ味の良いステップを見せるシーンだ

 

『ここから、この激しいステップをやるのか、と。もうほとんど足に力が入らなくなっていました』

 

  重く棒のように感じる足で滑り始めたものの、トウをひっかけてつまずいてしまう

 

『うわっ。やってしまったーー』

 

思わずガッツポーズ

  そう思いながらも、『少しでも失敗したら遅れてしまう曲なので、すぐに切り替えて、冷静に対処しました』

 

  演技を終えると、思わずガッツポーズが出た

 

  フリーは198.16点で首位。総合292.10点で銀メダル。しかしキス&クライでは、ほとんど笑顔を見せなかった。フリーの会心の演技以上に、ショートでのミスを悔やむ。それは、目指すものの高さを物語っていた

 

『GPシリーズからを通じて、なかなかノーミスの演技は出来ていなかったので、全日本の独特な緊張感に勝てた! という思いで、ガッツポーズしました』

 

  表彰式の直後、銀メダルを胸にインタビューに応じる

 

『まだ整理ができていないので簡単なことしか言えませんが、嬉しいけど悔しくて、悔しいけど嬉しい、という気持ちです』

 

  手が届きそうで、届かなかった″日本一のタイトル”。その気持を素直に口にする

 

『僕が予想していた以上にハイレベルですごい試合になりました。去年の悔しさもある中で、思い切り演技ができたことは良かったと思います。本当に、日本一を獲るのが一番難しいな、と。皆もそう思っているはずです。それぐらいレベルが高い日本男子のなかで、皆で切磋琢磨して、競技を盛り上げて行けるのは、自分にとっても楽しいことです。来年はもっとパーフェクトな演技をめざして金メダルを獲るだけです』

 

  来季こそ、日本一鍵山にしては珍しい強気発言だった

 

『今のままだと世界のトップに立てない』

  翌日夜、世界選手権の代表発表は、三浦佳生、佐藤駿と3人で焼肉を食べながら、ニュースを待った。誰が選ばれても、誰が選ばれなくても、その瞬間を共有できる親友なのだ。ライバルは敵ではなく、自分を成長させてくれる仲間。そんな思いが、鍵山の心を強くしていることを窺わせた

 

  世界選手権の代表に選ばれると、改めて世界王者の宇野、そして今季GPファイナル王者のイリア・マリニンへと意識を向ける。今季の国際大会での最高点は、宇野が297.34点、マリニンは314.66点、鍵山は288.65点である

 

『今のままだと世界のトップに立てない実感もあります』

 

  意気込みを聞かれ、迷わずそう答える。そして新たな戦略として、4回転の本数について語る。今季、フリーでの4回転の本数は、マリニンが5本、宇野が4本なのに対して、鍵山は2本だけ。怪我からの復帰シーズンである鍵山は、ここまで4回転の数を抑えて、完成度の高さで勝負してきた

 

『まだまだ構成を上げられる段階なので4回転を増やすつもりでいます。名古屋に帰ったら、次のジャンプ構成を考えて取り組みたいです。4フリップを入れるか、4回転を1本増やすのか、まだこれから決めますが。伸ばしていけるように頑張ります』

 

4回転を増やすという選択

  さらに、ショートでミスした4回転サルコウについても、分析する。ショートでは、転倒したことで『GOE-4.85点』と、『転倒の-1点』を合わせて『-5.85点』。クリーンに決めたフリーでは『+4.3点』。その差は10点以上ある

 

  サルコウのミスがなかったと仮定すれば、300点台は十分圏内。さらに4回転を1本増やすことで、マリニンの点数も見えてくる

 

『世界選手権は、今回よりも熱い演技をしたいと思います。4回転を増やすと振付けも変わってくるので、(コストナーコーチと)皆でブラッシュアップして良いプログラムにして行きます。ジャンプ構成もクオリティを上げて、トップを目指したいと思います』

 

  いつも『自分が出来ることをするだけ』と答えてきたタイプの鍵山が、今季ははっきりと″世界一”を宣言する。ライバルの刺激と、コーチの支え、そして、自身が感じる手応え。すべてが嚙み合った20歳のシーズン、覚醒への予感を誰より感じているのは、鍵山本人