シングルアクセル動画も話題…伊藤みどり(53歳)はなぜ″アダルト競技会”で輝き続けるのか?浅田真央も『憧れの人』コーチが明かした原点
レジェンドは、やはりレジェンドだった
2023年5月20日、伊藤みどりがフィギュアスケートの国際大会に出場した
『国際アダルトフィギュアスケート競技会』で、国際スケート連盟が公認する大会だ。28歳以上がエントリーできて、元選手が参加する『マスターズ・エリート』『マスターズ』、また元選手でなくてもレベルに応じて参加できる『ゴールド』『シルバー』『ブロンズ』がある
今回、53歳で出場したのは『マスターズ・エリートⅢ+ⅠⅤアースティック』。49歳から68歳まで、ジャンプなどの要素の点数をつけず、スケーティングや表現面で競う部門だ
浅田真央の『憧れの人』
1989年世界選手権で日本初の金メダル、1992年アルベールビル五輪で銀メダル獲得などで一世を風靡した伊藤の功績は、何よりも女子で初めてトリプルアクセルを成功させたことで語り継がれている。『伊藤と言えば、トリプルアクセル』と代名詞的に語られ、さらに3回転の連続ジャンプを女子で初めて成功させてもいる。女子のジャンプの高難度化が進んだ先駆者でもあり、変革者と言ってよいスケーターである。浅田真央が『憧れの人』と言うように、あるいは中野友加里が憧れ、同じようにトリプルアクセルを習得し活躍したように、多くのスケーターに影響を及ぼした
『シングルアクセル動画』はSNSで話題に
伊藤の影響は日本国内にとどまらない。自身のアクセルジャンプへのこだわりも強く、昨年12月にシングルアクセルを成功させた動画をSNSにアップすると、オリンピック公式チャンネルが取り上げるなど海外でも大きな話題を集めた。5月にも成功させた映像を投稿し、やはり反響を呼んだ。今なおアクセルジャンプが跳べることへの驚きと伊藤みどりというスケーターへの敬意を、それらの反響は示している
競技生活を退きアイスショーなどで活躍したあと、スケート教室で指導にあたるなど普及に務めていた伊藤は、2011年に国際アダルト競技会に初めて出場したのを含め、これまで5度、国際アダルト競技会にに出場している
今回出たのは1回転より多いジャンプを入れられない部門のため、流れの中で1回転ループをつけていたが、長年の武器としていたアクセルジャンプは跳んでいない
それでも演技は圧倒的だった
″アクセルジャンプがない演技”だったからこそ
ジャンプがどうこうというよりも強い印象を残したのは、伸びやかで優雅でもあるスケーティングのたしかさや、1つ1つ情感のこもった動作や表現であった
何よりも伝わってきたのは、演技全体から生まれる、滑ることへの楽しさと幸福だった。1位になったことは無論のこと、そこに今大会の演技の根幹があった。アクセルジャンプがない演技だったからこそ、また異なる魅力が際立ったとも言える
伊藤はコロナ禍で自粛して氷上から離れていた時期があり、その時間を経て滑ったときに感じたのは、滑ることの喜びだったという。そんな思いがあふれているかのような演技だった
以前、伊藤を指導した山田満知子コーチがこう語っていたのを思い出す
『アルプスの少女ハイジみたいなタイプの選手』
『たまにテレビなどでみどりの映像を見ると、あのジャンプ力にあらためて驚いて「すごい選手だったなあ」と思うんです。野原を裸足で駆け巡る、のびのびとした、まるで、アルプスの少女ハイジみたいなタイプの選手でしたね。ただトリプルアクセルはやらせたわけではなかったです。練習していく中で本人もやってみようかという思いがあって、流れでという感じです』
『私は本来、「普及型」の指導者。スケートを楽しんで、フィギュアスケートを愛する少年少女に育ってほしいという思いが根本にあります。でもそのためには努力しなければいけない。そうじゃないと喜びも楽しさもないと思うんです。みどりの場合も、しっかり基礎からやっていましたけれども、2人でがむしゃらにやっていたので……もう少し優しくしてやればよかったな(笑い)』
ときに厳しく、『スケートを愛する少年少女に育ってほしい』という願いとともに受けた指導は、なお今日の土台となっている
そして53歳の伊藤が演技を通じて伝えたことがある。人は歳を重ねる。しかし時間を経たからこそ、折々の輝きを放つことができる。表現を含むフィギュアスケートならではの特色を、改めて教えるかのような演技であった