『お手本はユヅ』4アクセルを世界初成功、マリニン17歳が“試合直後に語った”快挙の舞台裏『僕は完璧主義』 <独占インタビュー>

 今季のチャレンジャーシリーズ初戦、USインターナショナルクラシックはニューヨーク州レイクプラシッドで開催された。この大会の男子フリーでアメリカの17歳、イリア・マリニンが公式戦で初めて、4アクセルをクリーンに成功させた

 

 レイクプラシッドは人口わずか2000人ほどのリゾートタウンで、観客は関係者も含めて100人いるかどうかという、ほとんど空のアリーナだった。だがその瞬間、悲鳴にも似たかん高い歓声が響き渡った。1980年冬季オリンピック開催地でもあるこの地で、フィギュアスケートに新たな歴史が刻まれた瞬間だった

 

 『どのようにしたら4アクセルをうまく降りることができるかというのは、身体ではもう習得していました。でも本番で成功させるというのは、また別の話。緊張もあるし、プレッシャーもありました。だからここで降りることができて、とても嬉しいです』

 

 現世界チャンピオンである彼は、今年の初夏に練習リンクで4アクセルを着氷した映像を公開したことで注目されていた。だがこの大会に来ていたプレス関係者は筆者を除くと、アメリカの記者1名だった

 

 何しろ最も近い都市は車で2時間のモントリオール。筆者の住むニューヨーク市内からは公共機関だと7時間、車を飛ばして5時間半と関係者泣かせの辺鄙な土地である。だがマリニンは、おそらくシーズン初戦であるこの大会で4アクセルを成功させるだろうという予感があった

 

父親の証言 『イリアは挑戦するのが大好きなんです』

 いったいいつから、4アクセルの練習を始めたのか

 

 『やってみたいなという気持ちは、前からあったんです』とマリニン。『でも実際に練習を始めてみたのは、今年の春の3月か4月のことでした』

 

 会場に同行していたマリニンの父であり、コーチのローマン・スコルニアコフは『4アクセルの練習を始めたのは、世界ジュニアが終わってからでした』と証言する

 

 息子が初めて4アクセルをやってみたいと、言ってきたときは『クレイジーだと思いました』と苦笑した。『当時はそんなことが可能だとは、思わなかったんです』

 

 だがポールに吊るしたハーネスをつけて練習を始めてまもなく、『もしかしたらできるのではないか』と思うようになったという

 

 『イリアはもともと好奇心旺盛で、新しいことに挑戦するのが大好きな性格なんです』

 

マリニン『ユヅが憧れの選手だった』

 4アクセルの練習を始めたのは、羽生結弦の北京オリンピックでの挑戦に刺激を受けたためなのだろうか

 

 『もちろん、ユヅには大きなインスピレーションを与えてもらいました』とマリニン

 

 『4アクセルに挑戦した選手は、これまでもアルトゥール・ディミトリエフなど何人かいました。でもユヅほど成功に近づいた選手はいなかった。ぼくは彼が世界で初めて成功させた選手になったら良いなと思って、応援していたんです』

 

 マリニンにとって、羽生は憧れの選手だったという

 

 『子供の頃から、ユヅのようなスケーターになりたいと思ってお手本にしていました。一番好きなプログラムは「SEIMEI」で、ノービスの時にそっくりの衣装を作ってもらって滑ったこともあるんですよ』と告白した

 

マリニン選手フリーの動画(2018Chesapeke Open)

 

 

 

 『どこかのインタビューでユヅが、ぼくが試合で4アクセルを成功できるかも、意思が強いから、と言ってくれたと聞いて光栄に思いました』

 

『僕はジャンプに関しては完璧主義』

 マリニンは前日のSPでは2度転倒して6位という、予想外のスタートを切っていた。だがフリーでは4アクセルの他に、4トウループ、4サルコウ、さらに4ルッツ+1オイラー+3サルコウ、3ルッツ+3アクセルのシークエンスなどを成功させた

 

 1つ目の単発の4ルッツで転倒があったこともあり、フリーは185.44、総合257.28と、そこまで点数は伸びなかった。それでもSP1位だったフランスのケヴィン・エイモスを抜いて、逆転優勝。表彰台はマリニン、エイモス、3位が同じくアメリカのカムデン・プルネキンという顔ぶれになった

 

 優勝が確定してから改めて感想を聞くと、『優勝は嬉しいけど、演技の内容的には願っていたものではありませんでした。でもまだシーズン初めだし、これからもっと練習をつめていって調子を上げていけたらと思います』と冷静に反省の言葉を口にした

 

 『4アクセルも、今日のようにようやく降りるのではなく、練習の時のようにもっときれいに着氷できるように安定させていきます。僕はジャンプに関しては完璧主義なので』

 

 まだ17歳なのに、アメリカ人のティーンエイジャーらしくはしゃぐ様子も見せないのは、両親ともにウズベキスタン選手という文化的背景もあるのだろうか。表彰式後の撮影中、カメラマンに何度も『笑って』と言われると、隣にいたプルネキンが『僕は笑っているよ! 君のせいだね』とマリニンに突っ込み、二人とも笑い崩れるという微笑ましい一場面もあった

 

『人間に可能だとは思わなかった』と元五輪銀メダリスト

 会場に来ていた1992年アルベールビルオリンピック銀メダリスト、ポール・ワイリーはこう感想を述べた

 

 『生で4アクセルをこの目で見ることができたのは、すごい体験でした。僕たちの時代は3アクセルで勝負が決まっていた。4アクセルという技が可能だとは思っていませんでした。もちろんスポーツは進化していくものだけど、人間の身体的な能力には限界があるとずっと言われてきたのです。でもこうして次々と記録が作られていくのは、すごいことだと思います』

 

 マリニンの次の試合は1カ月後のスケートアメリカだが、スコルニアコフ・コーチによると、毎試合4アクセルを入れるかどうかは未定だという

 

 まだシーズンは開幕したばかり。これからどのような展開がみられるのか、エキサイティングなシーズンになりそうだ