たまたまネットサーフィンしたら情報見つけて驚愕、の映画を観に行って来ました。
「ストリート・キングダム」。
新宿。
あんなに綺麗じゃなくて
南口のJRAのある一帯にはドヤがあって⚪︎谷にワープした錯覚を覚えさせる空気感だったし
西口は輸入や中古のレコード屋があり
青梅街道が近いからか何となく埃っぽかった。
西口の小滝橋辺りにあったライブハウスLOFT。
映画を観ている内に心が時間を50年ほど遡ってしまいました。
ライブハウスよりしょぼい印象の物件に暮らしていた上京田舎ネズミは、これまたしょぼいお給料やりくりして、東京でなくては経験することが出来ないライブを観に行き、手書きをコピーしたミニコミを買って読み、東京の片隅でこき使われたり軽く扱われたりする憂さを晴らしてました。
本当、時代が違えば私の所属階層での上京就職って、下女奉公ポジションだっだもんな。
東京ロッカーズと呼ばれたムーブメントは
当初5バンドから始まり、映画では時間空間説明を整理しそれ以降活動したバンドも描いてます。
当時私が熱狂したのはリザードというバンドです。(以降、映画でのバンド名ではなくリアル名で)
フリクションは後になってから凄さがわかり一番好きになりました。今聴いても飽きない。
ゼルダは、ブルース・リーの「考えるな感じろ」という言葉で表現したい。
その感性は当時凄く斬新に思えたし、実際先駆者でした。
古着やバッタものを駆使するチホの着こなしが好きで、彼女の行きつけのバザーとかバッタ屋に行ってました。
フリクションが高速回転して純度を高めていく遠心分離機みたいな音楽だとしたら、
私にとってのリザードは、戦前の浅草で小僧さんが藪入りで楽しみに観に行く活動写真みたいでした。
どっちが凄いとかではなくて、資質の違い。
リザードの宗教か?みたいなファン(リザードアーミーと呼ばれ、コアなアーミーはリザードと同じようなツナギ着ていた)の熱狂は
そんな一面もあったからかと考察してます。
それをロックという形で表現したこのバンドは革新的でした。
当のバンドの意図は今となってはわからないけど、私はロンドンにおけるスモールフェイシズとかの都会のガチ下町っ子の美学を感じていました。さらに遡れば、ロンドンの街角で手回しオルガンをバックにバラッド(時事をネタにして文盲でもわかるようにした、唄の瓦版か)を唄う大道芸人、の立ち位置。
石ころとか砂粒並みの、名前以前に存在感すら希薄な働いて食べて寝て人生終わりそうな都市生活者の、心情地下水脈が通底し共感の波動が拡がり段々大きな波となる、みたいな。
だからこそ、新興宗教みたいなあの熱狂だったんだろうかと。
でも、リーダーのモモヨの多重的な感情思考資質が、段々その負荷に耐えきれなくなって崩壊、したのかとも考えてます。
以下、推測。
彼は多分知能が高くて芸術も好きだし思索も掘り下げて行く性格だっだと。
でも、彼のバックグラウンドは、
それこそ浅草というか周辺の丁稚奉公的階層の世界で、彼はおそらくその中では豊かな階層の出身であり良い教育を受けられる資金力も知能も備えていたけど、外の世界では違和感、でも地元でも違和感、拭えなかったのかもしれない。
丁稚の生活が身近ならば、社会問題にも共感して実際一時期活動していたのにも納得できます。
リザードの「ロボットラブ」という曲が、
私には翻案したバラッドにしか思えない。
工場で働く男が片恋をして挙句の悲劇、というあらすじですが、これって現代でも形を変えて巷を賑わせる犯罪記事じゃないか。
それから、じゃがたら。
早過ぎだよなあ。
今だったらSpotifyとかでどんどん拡散して欲しい。絶対ウケる。
アフリカ音楽的なリズムは、当時皆それを受け入れる素地がなかったんだなぁ。
アケミもモモヨと似た、引き裂かれた自己で自らを傷つけてしまうタイプだったのかもしれない。
それが故に詩人でもあったのか。
自分の踊りを踊れ、は至言、
映画での中村獅童の再現っぷりはプロの仕事だと感服。
そんな一時代、東京の片隅ででも後世にも足跡を残したミュージシャンとは大違いの
トカイナカで踊りとすら呼べないへんてこなアクションをしてるおばちゃんは、
まだこの世にへばりついてます。
名もなく貧しく恥ずかしく。