もう一度スタートラインに立ち、同じ道が用意されているとして、もう一度走りますか。
それとも走らない?

走る道中、とても苦しいこともあるだろうし、競争だったら走りぬいてビリになる事だってあるかもしれない。
ビリになるなら走らなければ良かったと思うかもしれない。
だけど、その道中、あなたを応援してくれた人への温情や感情は結果だけじゃもらえない。
自分自身の結果よりも、得たものへの感謝は忘れちゃいけない、絶対に。
もしももう走らないと言うなら、それもいいだろう。
後悔したことによって生まれた経験であなたは自分を少し形成する。
それは決して悪いことじゃない。
同じことはしないし、その結果もいらないというなら、それは本当に後悔したことになる。

自分へのエールや、経験から得た自分の肉は、お金では買えない何物にも代え難い大きな財産。

ならば。

もしも、そう思えるのならば。

いつもより少し胸を張って歩こう。

全く同じ毎日は来ないし、それはあなたに必要なものだったんだから。

明日はその経験を生かして、もっと光っていられる。

僕は自分にそう言い聞かせている。


もしも、結果がわかっていても同じ事をするか。
その答えは、いつも同じなんじゃないかな。

後には戻れないんだから。

そのregretをremakeして少しだけ前に進める。


「スーパー ミラクル ワンダフル グレートサンダー スペシャルアタ~ック!!」

小学生はしょーもない英単語はすぐに覚えられる。
何回くらいこのスペシャルアタックで友に攻撃したか。
・・・みんな元気してるかな。


人は、二万五千年後、今と同じ人生を生きるんだって最近聞いた。
同じ過ちをして、同じように悔いて、同じように喜んで、同じように死ぬんだって。
二万五千年後、同じ事を繰り返す。
そして、二万五千年前、同じ事を繰り返してきた。

そんな事、歴史の教科書に書いてた??
僕は歴史の教科書は片手くらいしか開いた事ないから、知らないけど、書いてあったんだろうね。知らなかったよ。

この事を全人類が知ったらどうだろう。
人は堕落するだろうか。
僕はね、きっとしないと思う。

僕は実は知っていた。
二万五千年後からやってきた人達がいる事を。
きっとそんな事いっても信じないよね。

僕には死ぬまでに見たいもの、というか、とっておきにしているものがある。
そのうちの一つがガウディ建築、サクラダファミリア。

人は二万五千年を繰り返す。

しつこいくらい繰り返したけど、よく覚えておいて。
サクラダファミリアは凄く夢があって、凄く深い。
今、建築に携わっている人達は、完成を見ることは絶対にない。
だけど創るんだ。
自分たちがやっている事に誇りを持ってやっていると思う。

ほんの些細な事。
例えばトイレ掃除。
僕は香港のビクトリアピークのトイレで感動したことがあった。
世界中から訪れる観光客。
様々な地域の様々な人々。
誰も綺麗なトイレは期待していない。
僕だってそうだった。

入った時、そのトイレは確かに古くて暗かったけど、思ったより綺麗で掃除されているなと感じた。チップを入れる場所があったら、僕はきっと入れてたと思う。

だけど、見当たらなかったから、小便を済ませた僕は手を洗い、出ようとした。
その時、僕の後ろから初老のおじいさんが足早にシンクをチェックし、タオルでサッとひと拭きし、最後になんと素手で汚れを確認した。
トイレを隅々まで見渡し、僕の横を素通りし、もう一度掃除を始めようとしていた。
僕は無意識にコインケースから取り出したTIPを彼に渡した。
彼は満面の笑みを浮かべ、"thank you" と僕に呟いた。
この人にとってのこのトイレは、自分のトイレだったんじゃないかと思う。
だから、汚くとも何ともない。
自分が掃除しなきゃ汚れる一方で、それは誰のタメでもない。
自分のプライドだ。

トイレ掃除のこの人とガウディには共通点がある。
もちろん異母兄弟とか、そういうことじゃないよ。

この人は二万五千年前も同じことをしていたんだろう。
そして、二万五千年後も同じことをするんだろうか。

仕事を悩む人って多い。
仕事ってなんだろう。
同じ作業でも、自分にしかできない事をする。楽しむ。これだけで世界は変わる。
「そんな、同じ作業をどうやって・・・」
そんな声が聞こえてきそう。
だけどね、イチローだって、同じことの繰り返しだ。
毎日バッターボックスに立って、ヒットや凡打の繰り返し。
今日も、明日も大して変わんない。
僕だってそうだ。
明日はあの用事を確実にこなして、合間に仕事をして・・・なんてね。
ちょっと違うやり方を試してみたり、ちょっと違う方向を見てみると、何かあったとき、力を発揮する。
毎日は繰り返しだけど、それはその人にとっては全然違う毎日。
素人目にはちょっとした違いだけど、その本人は色んな事を試行錯誤してる。
結果や、見た目は同じでも中身は全然違う。
自分のオリジナルは、与えられるものなんかじゃない。

二万五千年後、同じ事を繰り返すとしても、僕はそれは楽しみでしょうがない。
1978年に生まれて、どうだろう・・・2070年くらいに死ぬとして。
同じ始まりと同じ結果があったとしても、僕は自分の時間を色んな試行錯誤をして、自分の人生を歩むだろう。
それは確信を持って言える。
二万五千年前、同じことをしていたとしたら、ちょっとロマンチックだけど、残念ながら僕は全く覚えちゃいない。
なら、それはあまり意味があることだとは言えないよね。
二万五千年後、また会いたい人もいれば、十万年後、いやいや永遠に会いたくない人もいる。
面白いね。

ただ・・・。
ちょっとした秘密を僕は知っている。

実はガウディは、未来から来た人だった。
これは本当。
人は二万五千年を繰り返す。
ただし、それを逸脱した人がいる。
「物」はどうだろう。
「物」はほとんどが人が作り出すモノに変わってしまっているから、やっぱり二万五千年を繰り返す。

ガウディは二万五千年後から来たから、その仕組みを知っていた。
ガウディは考えた。
二万五千年、ずっと創造し続けられれば、永遠のルールから抜け出せるんじゃないかと。
人が二、三百年考え創造しても完成されないものを創りだそうと考えたガウディは、過去にその起原を植えつけた。
サクラダファミリア。
二万五千年後、ただし繰り返し行われる為、西暦は2200年7月―
完成した大聖堂を前に、世界が伏せたその日。
ガウディはその頂点から世界を見下ろしていた。

二万五千年。
永遠のその時間は、「らせん」ではなくループとしてこの世界を創る。

そして僕はまた呟く。
「ウルトラミラクルワンダフルグレートォォォ・・・・・・」

台風4号が過ぎた3連休半ば。

空は落ち着きを戻しつつ、静かに大きな雲を動かしていた。

台風で旅行にいけなかった人、残念。
台風で、ゆっくりできた人、万歳。
台風なのに、サーフィンにいけなかった人、それは僕。

「来ましたよ。いきませんか。」

悲しくも昨年から不幸が続き、サーフィンにいけないでいる。
今年はウィンドサーフィンの誘いが入り、かなり!くすぶっている。

迷うくらいの遊びがあって、仕事してるヒマなんて無いんだけどね。
だけど、この3連休、僕はオフィスにいる。
トラブル解消こそ、腕がなって確実に快適に、こなさなければいけない面白いミッション。
多くの選択肢から、ベターな選択肢じゃなく、ベストな選択肢を選ぶ。

ところが。
意外とあっさり過ぎたこの台風。

街は拍子抜けをしたように静かでいる。

いつも行列のお寿司屋さん。

少し待っただけで、入れた。
隣に並んでいたおばあさんも、
「いつもは込んでいるのにねぇ。」
そういって、僕に同意を求めてきた。
たまたま2人同時に空いたので、僕の隣は順番どおりさっきのおばあさん。

70代前半のそのおばあさんは、一人だった。

注文の時、僕が言った言葉を真似るように、彼女は同じ言葉を板前に告げた。

「あついですね。」

「ほんとですね。」

会話というより挨拶を交わしながら、お寿司をまった。

運ばれてきたお寿司を見ておばあさんは、僕の顔を覗き、

「すいませんが、このアナゴ貰ってくれませんか。」

「え?いいんですか。」

「見るのも箸で触るのも怖くって。」

「♪じゃぁ、頂きます。」

まっさらだったお箸で拝借した。

だけど、おばあさんはお寿司をじっと見つめて、

「すいません、このサーモンも・・・。」

「よろこんでぇぇぇ!!。」

ご機嫌な僕は、おばあさんに体で返そうと、おしゃべりを提供した。
つまんなかったかもしれないけど、途中から、おばあさんは夢中で僕の話にくらいついてくれた。

そのお店をでてから、いつものカフェへ向かう道中、

博多のばぁちゃんに電話した。

「元気?」

「なんね、あんた休みね?」

「いや、仕事。なんも無いけどかけてみた。」

「今、絵の具ば買いに来たと。またかけるけんね。」

と、あっさり切られた。
だけど、悪くなかった。
ばあちゃんの元気そうな声が聞けてよかった。


カフェでは、いつも休日は込んで座れないお気に入りの席に座れた。

なんか、いい日。

アスファルトが眩しく照り返していた。

幽霊っていますか。

僕はいないと思う。
そもそも霊感っていうのは悪寒で、人が見る幽霊はきっと幻覚だと思う。
手品ってそうだよね。
あれは、人が認識するものを逆手にとって、人が作り出した幻だ。
僕は手品が大好き。
大好きといっても、見る方だけどね。

人魂は空気中のリンが自然発火する現象だから、これは「あり」だ。
幽霊でもなんでもない。
科学で実際に証明できないものは、霊かもしれない。


僕のいとこで、
「幽霊なんて。」
といっていた、お姉ちゃんがいる。
お姉ちゃんの2歳になる子供の話。

2歳くらいの子供は、嘘をつくとか、つかないとか概念がないから、素直だといわれている。
幽霊の話も、したことがないからその存在もしらない。

おじいちゃんのお墓参りに行ったときの話。

「じゃぁ、ミヨカいこっか。」

「うん。ばいばい。」

夏のお盆の時期だったらしい。
汗を拭いて、暫く歩いても、みよかは、振り返って手を振る。

「ばいばい。」

「はいはい、もういくわよ。」

「お母さんも手を振ろうよ。ばいばい。」

「誰もいないでしょ。」

「おじいさんがいたね。」

「うそ。誰もいなわ。」

「いるもん、おじいさんいるもん。」

「わかったから、もう帰ろう。」

お姉ちゃんはずっと気にしていた。
だけど、幽霊は少しも信じないもんだから、今まで確かめることすらしなかった。

家に帰って、歴代の祖先の写真を指差して、

「みよか、さっきのおじいさんここにいる?」
と聞いてみた。

「んとね、んとね・・・・いた。この人。」

指の先は、お墓の持ち主であるおじいちゃんを示していた。

僕はこの話を聞いたとき、怖いというよりは、そういう感覚が存在することを知らされた感じがした。
だけど、それは幽霊の像が変わるだけで、幻想は現実を捕らえる事の実証だと改めることにした。

だけど。

だけど。

僕は、小さい頃、少し先の事が見えていた。
信じる、信じないは結構。

僕は自分のその不思議な感覚に始めは戸惑っていた。
そのうち、それは何の意味も持たないものだと気付いた。

モノが落ちる。
そう思った数秒後、実際モノは落ちる。

あの子は転ぶ。
そう思った数秒後、転ぶ。

黄色いモヤがかかって、意識がボーとすれば、それはサインだった。

だけど、どうにもできない。
ハッキリ意識が戻るまで少しかかるから。
気付いたときには「結果」だけ。

その感覚を持つきっかけになった事件がある。
だけど、この事件は僕は決して口にしない。
それは事件の当人同士で誓った約束。

科学で証明できないものがある。
僕はそう信じてる。

僕は上海が好き。
熱気と情熱が溢れ、バブルな上海が大好き。
オールド上海を好む人がいて、ニュー上海を好む人がいて、流されない生活を今も変わらず営んでいる。

一般的な物価は安い。
僕の好物、羊肉(ヤンロー)はたったの2元。
1元 16円だとしても、32円。
日本のチロルチョコが今は20円だから、大人と子供程の金銭価値以上だ。

人によっては、上海の人はコワイとか中国人は冷たいとか言うけれど、そんなことはない。

無駄な笑顔を振りまかないだけ。
ホスピタリティ文化が浸透していないだけ。
そして、きっとそこには僕等の知らない何かがあるだけんなんだろうと思う。

08 March '07
@ Shanghai

珍しく予定より遅れて関空へ着いた。
僕は空港が好きだから、遅く行くことはあまりない。
今回は疲れていたからか、フライトの1時間少し前に空港に入った。
空港では、スムーズにチェックインが行われ、いつも通り、いつまで経っても慣れないドキドキと共に離陸した。

愛用のPCで好きな映画を見るはずの時間が、睡眠に変わってしまったのはとても残念だったけど、そのおかけで、初日から睡眠不足をいくらか解消できたから、僕にとっては良薬だった。

僕は機内食を好まない。
嫌な奴に聞こえるだろうけど、美味しいと思ったことがないから、数年前から断り続けて、最近食べた記憶もない。
僕は思うんだけど、あれよりよっぽどコンビニ弁当の方が美味しいよね。
なんでああなるんだろう。
それか、美味しいものにあたった事がないだけかな。
確かに特別感はあって、どんなんだろう、とは思うんだけど、がっかり感が根付いちゃったから、もう食べない。残すのも悪いし。

今回は高級ホテルに宿泊した。
Le Royal Meridien というホテル。
街の真ん中に位置して、ゆったり出来るホテル、最高でした。
ここのホテルは24時間レストランが開いているから、夜ご飯に困ったらどうぞ。

初日にアンティーク家具の用事が済んだので、なんとなく安心して滞在できそうな気がしてました。

09 March
人の紹介で、とても活気のある場所へ行った。
日本人はおろか、外国人観光客もいないような場所で、面白かった。
細い路地に、臭い匂いや、美味しそうな香りがたちこめて、お店がひしめき合っている中、人ごみを掻き分けながら、歩いた。
チーバオチェンといわれるそこは、中国国内の観光客で盛り上がっている感じがした。
どうしても、家具を見ては、日本ではいくらで売れるかなぁ、なんて考えている自分が情けなくも、上海魂っぽくて、可笑しかった。

上海はもはや社会主義でもなんでもない。
やった人が、やっただけ、手にする。
凌ぎあったり、騙しあったり、だけどそれは露骨に行われてる。
ところどころでプンプンそんな香りがする。
危険な匂いは・・・あまり、ない。
あんまりね。

夜、おなかが減ってヤンローを求めて歩いていたら、

「オンナ、いらない?」
と声をかけられた。
初めは英語、そして中国語。

僕も
「NO,不要」

と続けたのに、次に出た言葉は、

「日本人?」

面倒だったけど、

「そう。」

答えた僕に、彼はいっそう近づいてきた。

話を聞くと、客引きをやっているから見るだけ見てくれ、という。
もちろん見ないし、必要ないと伝えると、今度はお茶をしようという。
日本語も勉強したいから、ビールでも、お茶でもご馳走するから、と。
僕も歩きながら、興味本位でお前は幾らもうかるのか、とかその仕事は楽しいのか、とか聞いていたら、彼は顔を変えてこんなことを言い出した。

「お兄さん、男前。」

会話がおかしい・・・。
僕の質問に対して、答えが全て「男前」に変わった。

「彼女のトコにでも帰れよ、僕は女を必要としていないし、興味もない。」

そういうと彼は、

「僕は男が好き。」

そう言った。
オイオイ、冗談じゃない。僕はいわいる女好きじゃないけど、男も、そういう意味で好きじゃないんだよ。
僕と同じくらいの身長の彼が急に恐ろしく感じた。
命は危険じゃなくても、コイツは危険。
ものすごく僕を気に入ってる様子だし、夜はすでに22時を超えていた。
歩いていた道を少しそれれば真っ暗だったから。
力では負けないかもしれない。
だけど、ここは中国だ。
相手が何を持っているかも、どんな展開かも想像がつかなかった。
だけど、しばらく愛想なく適当にあしらっていたら、彼は向きを変えて別の外国人男性のトコへ去っていった。

彼にしたら一石二鳥だろう。
女が好きなら、ご紹介してあげれるし、男が好きなら、自分が相手だ。
あいにく僕はどちらも必要としないから、彼にはたぶん一番つまらない相手だっただろう。
僕にとってもそれは同じ事で、一番関わりたくない人種だった。

結局その日僕はヤンローには巡り合えず、僕はホテルのレストランで軽く食事を取った。
ちょっと疲れた夜でした。

10 March
朝食に野菜包を食べた。
激ウマで、とても感動した。
朝食は中々外では食べない。
僕は、朝食後に歯を磨く習慣になっているから、外にでるのが面倒でホテルで食べてしまう。
だけど、現地の朝の顔はとても貴重。
日常にとても近くて、いろんなことを感じるから。

午後には街をぶらぶらしてタクシーに乗った。
僕が始めて上海に来た頃は、地下鉄は今ほど込んだ印象がなかった。
だけど、ここ2回くらい来て、敬遠するようになってしまった。
恐ろしく込んでいるし、それに伴って匂いもするから。
タクシーはとても安くて、気軽に乗れる。
ただし、場所を伝えるのに苦労する。
チャイ語ONLY。
それにも大分慣れたから、ちょっとの距離でもすぐタクシー。
タクシーも運転はとても荒くて、いつアクシデントが起こってもおかしくない状況でこれには慣れない。
だけど、今回乗ったタクシーは違った。
助手席、フロントガラス前にあるライセンスが、ピカピカで地図を片手に、外灘すらわからない、そんなフレッシュさんだった。
僕が右だの左だの指示しては、止まるたびに今どの辺かチェックしていた。

みんなここから、こうやって始まるんだ。
そんなエネルギーと、ぎこちなさ、それと少しの正直さが、僕の目には、日本と明確な違いに映った。

旅行してこんなに好きになった国はなかった。
食事が安くて美味しいのは魅力。
上海には新しさと古さ、活気と情熱がある。
ガンガン、ガツガツしていて、熱い。

何度も何度も僕をひきつける。


ちょっと圧倒された・・・。

僕のブログを読んでいる人からそう言われた。

決して傷ついてるわけじゃない。
むしろ、興味深い意見で嬉しかった。
批判を言ってもらえるのはとても幸せなことだから。

モノを書くのはとても難しい。
ちょっとしたニュアンスや、句読点で随分雰囲気が変わる。

本当に些細なことで、白が黒になる。
それが、とても面白いとこだし、怖いところ。

実は、記事数が50を超えたあたりで、スランプ(なんて言葉は使いたくないんだけど、語彙が乏しくて・・・)を感じた。

上手く書けなくなってた。

描写を変えようとか、スタイルに戸惑って、意識しすぎた。
過去形にしてるけど、実は今も継続中。
記事数は現時点で「64」。
50を超えて書いた14の内、満足してるのは3つだけ。
後は、読み返すのも嫌になるくらい。

50を境に、こうも違うか、と思うくらい変わってしまった。
もう戻れないかもしれないと感じながらもひたすら書いてきた。
それは、書くのが好きだからで、見せる事が原動力ではなから。
もちろん、読んでくれる人がいるから、このペースで書いてこれたことは、忘れていない。
最近は、書いても公開しないものが増えてしまった。
内容は良くても、書き方が悪くて、勿体無いと感じてしまうから。

どうしたら、抜けられるかなぁ。
ちょっと休止してもいんだけど、どうせ公開しないだけで、書いてしまうし。

冒頭の、圧倒された、って話ね。
これは、良い意味じゃない。
悪い意味で、僕の主張が強すぎるって意味だった。

これにはちゃんと理由がある。
読み手主体の文章じゃないから。
僕の意見を投げて、捕らえるのは人それぞれ。
だけど、もし人を傷つけていたら、それは考えなきゃいけない。

文章は、絵を読み手が書いていく。
人によって、全然違う世界が広がるわけだ。
「X day」や「つみき」はその典型。
僕はこの感じが好き。

だけど、暫くはかけそうにない。

次は、多分・・・旅行記かな。
つまんないかもね。
淡々としてるから。

ドクターにでも見てもらおうかな。

僕は気が短い。
正しくは、「短かった」。
とても。

僕は、とても気が短かった。


今でも、どちらかというと気は長いほうではない。
だからかもしれないけど、僕の周りには、気の長い奴が多い。
長くないと僕と上手くいかないのかな・・・。

でも、よくよく考えると、僕が短気を出すのは「礼儀」についてだけ。
だから、親しい友人等にはあまりハラを立てることはないんじゃないかな。

旅行業の仕事では、イライラ、短気になる。
スグに食い付く。
野獣のように噛み付く。
僕は上からの力がとてもキライ。
仕事だから・・・と簡単に割り切れないんだよ。

そんな僕の救いは引きずらないこと。
その日のケンカはその日に〆る。
翌日まで引きずることはめったにない。

「コラ!」

「ゴメン」

「いやぁ、まぁ、こっちも悪かったんかも。」

これでいいじゃない。
だけど、女性は特に怒ると、謝る事をしないよね。
敵を多く増やしそうだからこれ以上は触れないけど、僕はそう思う。

怒りに触れるのは決して楽しいことじゃない。
誰だってわかってる。

年末、僕は兄弟みたいな友人と空気が悪いのを知っていながら、引かずワガママを通そうとした。
色んな事が面倒になったから。
それを見抜いていた友人は「お前のそうゆうのも判ってんねん。」そう言い放った。

人に思いを伝えるのには、脅しじゃダメ。
たとえ、後輩にだって怒って注意しちゃ、ムダになる。
理由を伝えて、何を生むか、そう問う。

僕の短気はタイブましになった。
昔は車のクラクションに反応して、スグにドアを開けて、

「なんや、鳴らしたん自分か?」
みたく言ってた。
バカみたい。誰も気分が良くならないし、全てがムダだよね。

引きずる、引きずらないは大きくわかれるトコだけど、これもワリと、男の方がアッサリしてるよね。

三宮の路地を歩いていたときの話。

なんの本か忘れたけれど、大事な本を持って歩いていたら、割烹料理屋でお店に水をかけてた。
それも、打ち水とかじゃなくて、1階から、ホースで2階部分に水を当てていた。
コイツ危ない奴だなぁ、とは思ってた。
僕に気付いて、水を止めたと思った。
彼は、ホースを持って店の角を曲がったから。
そのまま、僕が歩いていると、上から、結構な量の水が降ってきて僕にかかった。
もちろん、雨じゃない、その日はガンガン晴れていた。
オイオイ・・・ふざけんじゃねーよ、テメェは俺が見えてたろ。。。


「おい、アンタ、水かかったよ。」


「あ、どうも。」


「!!!」

「『どうも』じゃねーよ。本濡れたじゃねーかどうしてくれよう。」



「どうしたら、いいんですか。」


「なめてんのか。」


「お金払います、弁償しますよ。」


「当たり前だろぅが。」


そう言って、お金を受け取った。

その場を後にして20秒後くらい、気分は悪い、全然良くならない。
もし、彼がちゃんと始めから詫びていれば、「まぁ、気ぃつけて」くらいで終わってたハズなのに。
俺が欲しいのは金じゃない。チクショウ!

僕は、来た道を戻りだした。
クソ!クソ!!


「おい。」


「はい?」


「やっぱ金なんかいらんわ。」


「い・・いや、いいですよ。」


「なんせ、いらん。」


そう言って叩き返した。
彼にしたら、訳わかんなかったろう。
取り上げられて、返されて。
だけど、、問題は、お金じゃないんだよ。態度なんだよ。


20秒後、僕は少しご機嫌を取り戻した。


まぁ、なら、初めから怒るなよ、って話なんだけどね。

僕は高校の頃買った服を、今もまだ着ている。


最近とても高価な時計を買ったけど、値段以上に気に入っている。それは、人に自慢したくなるモノで(自慢してるけど)、一生大事にしようと思ってる。オメガやロレックスのように有名なブランドではないけれど、スイスのメーカーで世界限定モデル。人によっては、1万円でも欲しくないかも。でも気にしない。

ものすごくモノが溢れているこの中で、お金がないだけだと言われたら悲しいけど、とてもモノを大切にする男を僕は知ってる。


今回はそのお話。


もう3年も前の話。

「エイジ、めちゃカワイイ車あんねん。パオっていうねん。ちょっと、ホンマかわいいから、見てみて。」


「おう、また見とくわ。」


数日後

ア「買おうと思ってんねん。見に行こう。」


エ「なんて店?どこ?」


ア「泉。」


エ「遠いな。まぁいいけど。んで名前は。」


ア「・・・アロハオート。ごきげんやろ。」


エ「・・ははは。まぁな。」


彼は本気だった。

2人で後日行くことになったんだけど、僕らがその店に着いたのは結局、19:00を回った頃だった。


エ「メッチャ住宅街やん、こんなん写真のヤシの木なんて絶対ないて。ありえへんやろ。」


ア「住所はこのへんやろ。間違いないって。」

そう言いながら、住宅街を右往左往して10分くらい迷った先に・・・。


エ ア 「あっ。」


目の前には、近所迷惑も顧みずヤシの木がドスンと植わってた。(おいおい、おっさんはゴキゲンかもしれねーけど、周りは全然アロハ気分じゃねーよ。)


隣のあっくんはパオ君にお熱で怪しさとかそういうのは消えていた。

パオ君を目の前にしたアックンは、完全に酔いつぶれていた。

なぜか屈伸(くっしん)をしながら、顔を手で覆い、

「うぉぉぉ、エイジ、コレやばいって。かわいすぎるやろう。まじ。」


「んまぁ確かに。」

だけどね、アンタが目の当たりにしているこの車は、もうかなりのジィさんだよ。


「これキャンパストップっすよね。」


「うん、そう。他にも欲しがってる人いるからね、急いでよ。」

そういうオッサンオーナーは、チッチャイやんちゃそうな、元気なおっさん。

せかされたアックンは、全く無視。営業時間も過ぎ、子供が待ってるとか言ってるおっさんを見向きもせず、ただただパオ君のシートに座り満足そうに微笑んでいた。挙句の果て、

「ちょっと考えますわぁ。」


結局は数日後に電話をして契約を交わしたパオ君をアックンは今でも大事にしてる。だけど、相当お金がかかってる。


まず第一発は、ウォッシャー液。

出るとか出ないとかじゃない。ウォッシャー液の管がちぎれてた。ホームセンターに行って、処置をしたのでそれは大したお金はかかっていない。


第二弾。コレは笑ったよ。タイヤ。アックンが納車したのは夏前だったと思うんだけど、なんとスタッドレスタイヤを履かされていた。冬用タイヤ。アロハオートで買った、ゴキゲンなオープンルーフ(屋根が開くタイプ)のパオ君が冬用タイヤ。おいおい、パオ君あんたどっから来たのさ。


第三弾

久々に助手席に座ったある日。


ア 「エイジ、俺キツツキ飼いだしてん。左折する時うるさいけど気にせんといて。」


エ 「ハァ?」


そんな忠告暫く走ってて忘れた頃、左折時、ハッキリと聞こえる!

「コン!コンコンコン!」


エ「おいおい、なんやねんこの車、降ろしてくれぇ。」


ア「気にすんな、なんか干渉してるらしいわ。」


何が干渉して、この先どうなるのか気にならんのか。強なったなぁ、アックン・・・。


何度も何度も止まったパオ。

何回日産にお世話になったか。

その度に買い換えた方がいいような雰囲気だった。


モノの価値は、人それぞれ。

それを決めるのはその人であって、第三者ではない。

もし、転売目的で買うのなら、この限りではないけど、そこに愛はないよ。

愛せるモノを、納得の行く価格で自分のモノにする。

安く手に入ったとか、高かったとか、後で値下がりしたとか、そんな事は関係ないんだ。

いつか手放しちゃうかもしれないけれど、それまでは、ね。

そのブランドに自分の価値を見出したのならいいけど、他人に評価してもらうために高価なものを手にしていたら、自分のスタイルはどうしよう。

カッコ付けアイテムもリッチなアイテムも欲しいけど、自分のスタイルで。

長く愛せるモノを長く使おう。

一生モノ、そこにありますか。

LOGに載りますか?

朝の移動時間

学生の頃となんら変わりなくバイクで移動する。

バイクには本当、色んな思い出がある。

原付から、大き目のバイク、今の小型のape。

どれにも愛着がある。

雨の日でもお構いなしに乗っていた。

マニュアルバイクは、右手でフロントブレーキ、左手でクラッチ、右足でリアブレーキ、左足でギア変速を行う。

カーブも体重移動でハンドル操作は極力しない。

耳からはエンジン音、鼻で街の香りを感じながら、好きなところへいく。

完全に自分だけの世界。

だけども、何もかも体で受け止めなきゃいけないから、リスクも高い。

事故を起こし、怪我をして手術もした。

人間模様を知り、多くのことを学んだ。

死にかけたこともある。

まだ乗りたて、1年くらいしかたたない頃。

山道の下りをガンガンに飛ばしていた。

カーブではマフラーをガリガリとアスファルトに擦り、「俺は早い」なんて大馬鹿者だった。

100M先、斜線が狭まることを知っていた。

前方には大きいトラック。

抜こう―、そう思いアクセルを開ける。

左から抜こうとするが思うように抜けない。

し、しまった。

遅かった。

ガードレールとトラックの間に挟まり、動けない。

そう思った瞬間、体が投げ出されて、ガードレールの向こう側―川に落ちそうになった。

足は地に着かず、宙ぶらりん。

死ぬかと思った。

幸い、左手の軽症だけだったけど、トラックは走り去った。

気づかなかったのか、逃げたのかわからないけど感謝してる。

ちょっとムカついたけどね。

だけど、大事なことに気づいたから。

人生いつ死ぬかわからん、後悔せんよう過ごさなきゃいけない。

常にテンション最高で過ごそうってね。

まぁ、それはそんなには変わってないけど、でもホント思いつくことはとことん自分の気のすむようにするようになった。

まだまだ青いけどね、ホント。

朝、早い時間にでると街の雰囲気が全然違う。

音も、香りも。

この前はねぇ、オーストラリアにいた頃の朝の空気だった。

ちょっとした旅行だ。

しかも無料。

自由に感じて、自由なやり方。

自分が納得する自分の人生。

it's free way,freeway.

アメリカの取材チームが、夏の高校野球を取材したことがあった。

「なぜ、高校生にこんなに厳しい課題を与えるのですか?たった一度の失敗も許さないなんて。夢を奪うようなものです。」

「それは違う。高校野球は、負ける事を、敗退するものの気持ちを察する事を目標としている。」

「優勝するのは勉強にならないと?」

「1校を除いて、真っ直ぐぶつかった者たちは全て敗退する。その事で、大きく成長する。互いの気持ちを理解する。そのトップに立つ1校は、どの高校よりも多くの敗者を知り、目の前で崩れる者から大きな重荷を背負う。それは、毎年受け継がれるのだ。だからこそ意味があり、何年も変わらずにいられる。」

そのドキュメンタリーは一度もCMを挟むことなく放送されたそうです。

先日こんな事を言われた。

「冷酷ですね。」

僕は反論しなかった。

僕をどう思うかは、僕と接した人が判断すればいい。

その人にとっては、僕は冷酷なのだろう。

人が嫌いだって言ってるモノを、「あなたは、コレを嫌いなわけがない、好きなんだ!」なんていわないよね。

モノの価値は人それぞれが決めればいい。高いと思うもの、安いと思うもの、ウマイもの、マズイもの。

「一つだけ言わせてもらえれば・・・僕の事をよく知ったら、僕がどんなに人の事を考えて判断したか、熱いか感じるはずです。」

まぁ、言われる人によるんだろうね。きっと。

ものの価値は押し付けられない。

その人の感情はその人の財産だ。

汚す事も、動かす事もできないし、出来たとしてもしちゃいけない。

勘違いをすると、物凄く損をする。

そうしないためには、「それ」を深く深く知る努力をするしかない。

人の気持ちも、モノの価値も。

だから、こだわりのある一品が好き。

イギリスのブライドルレザーのハンドメイドで・・・なんてね。

物事を完全には理解できないんじゃないかな。

だけど知る姿勢があれば、他のものまで見えてくることだってある。

ググっと掘り下げる。

僕のキビス姿、何人知ってるかな。

大人になったらダレカレ構わず見せないよね、踵って。