誕生日のちょっとした療養のために、長野県の小諸にやってきました。小諸には私の幼稚園時代からの知り合いが住んでおり、その方からこちらのお店のことも教わりました。

その方が強く勧めてくれたのが、くるみ蕎麦です。くるみのペーストのようなものを蕎麦つゆで溶かし、二八蕎麦をワイルドに入れて食べると、ピーナッツバターのような甘みと蕎麦つゆの旨味が絶妙に絡み合い、蕎麦の美味しさを引き立てます。まさに最高の味わいです。

ねぎやわさびはくるみの旨みを引き立てる渋みや滋味を加え、味に複層的なうまさをプラスしてくれます。これもまた非常に美味しく、食べているとその調和の妙に感動しました。

さらに、くるみ蕎麦を食べながら蕎麦焼酎の蕎麦湯割をいただきました。蕎麦焼酎がとっくり一杯にたっぷり注がれ、蕎麦湯で割るとその味わいが抜群に美味しい。酒なのに体に良さそうな感じが不思議で、温かいお酒は普段あまり飲まないのですが、くるみ蕎麦との相性が非常に良く、夏の涼風を感じながら飲むその味わいは格別でした。

きのこの天ぷらも素晴らしいもので、いろいろなきのこがざっくばらんに天ぷらにされていて、まさに森の御馳走という感じ。蕎麦と一緒に食べても、また酒と合わせても美味しく、至福の時間を過ごしました。

小諸という長野の一つの街で、これほどの美味しいご馳走が楽しめるとは、しかもそのお会計が3300円だったことに、言葉では表せないほど感動しました。これこそ、私が作る47都道府県のグルメ対決に間違いなく入れられる、まさに絶品の料理です。

























最近、銀座でお呼ばれする機会が増えてきました。今回は、なんともおしゃれなイタリアンのお店に招かれました。シチリア専門店ということで、海鮮が多いのかなと思いながら、コースの料理を楽しみにしていました。

お店には冷蔵庫も完備された貸切のフロアがあり、白ワイン、スパークリングワイン、赤ワインが飲み放題で提供されます。優雅な空間でお料理を待ちながら、ドリンクを楽しむひとときが贅沢です。

前菜としては、タコの料理、ハム、そしてかまぼこのような不思議な食感のチーズが出てきました。ナスのトマト和えのようなものもあり、色鮮やかな盛り付けが目を楽しませてくれました。タコの料理は、新鮮で日本の海鮮のお刺身のような美味しさがあり、ビネガーの味わいが程よく絡んでいて、白ワインとの相性が抜群です。いくらでも食べていたい味わいでした。

また、茄子とトマトの料理は滋味深く、最近私の中でイタリアンがトレンディーであると感じているのですが、グラタンのような、野菜の酸味や複雑な食感が楽しめるこの料理は本当に美味しいです。

海老とポテトのフリットもシンプルですが素晴らしい味わいです。頭まで食べられる海老は、優しく甘く、パリッとした食感と塩味のバランスが絶妙です。

お酒はセルフサービスで取りに行けるので、気軽にぱんぱんと飲んでしまいました。赤ワインや白ワインはクラブワインだと思いますが、その美味しさには驚きました。

さらに、えんどう豆のパスタもとても良い一品でした。いわゆるスパゲティとは異なり、佐野ラーメンのような食感の麺とクリーム、えんどうの苦味が見事に調和していて、深みのある味わいが楽しめました。

珍しいシチリア料理を堪能し、心から満足したひとときでした。































最近、よく利用するようになった居酒屋があります。昔、若い頃はたまに行っていたのですが、そこまで心に響くことはありませんでした。しかし、今ではこの街に根付き、いろいろな人と自然に行くようになり、この店の良さをしみじみと感じるようになりました。

お値段の安さ、暖色の照明、漂う昭和の雰囲気が、忘れていた大切なものを思い出させてくれます。優しい味付けのふわふわしたかつ煮や、西京焼きなど、和食をベースにしたおつまみは家庭ではなかなか食べられませんが、昔ながらの日本居酒屋料理を楽しむことができます。

焼き鳥も美味しく、カリカリとふわふわの焼き口に確かな技術が感じられます。最近食べた鰹のタタキにニンニクが絡んで美味しく、激安とも言える酎ハイとの相性が抜群でした。

そして、締めに食べるおにぎり。温かく、手作りの味わいが豊かで、この味わいを楽しめる居酒屋は外れません。お値段、雰囲気、そして昭和の風情が残る素晴らしい居酒屋だと感じています。

変わりゆく江古田の街の中で、このお店は近場の安心できる場所として、街の存在を守ってくれる存在だと思います。こうしたことが40歳に近づいてようやく理解できたことに、少し感慨深い気持ちを抱いています。













北海道というタグで書く。

 

実は北海道は最近行ってきたのでちょっとトレンディーなのだ。

 

北海道でまず大好きなのが、セコマである。

私はセコマのシュークリームが大好物だ。

ファミリーマートやセブンイレブンのシュークリームもうまいが

セコマのものはミルク由来の甘みとコクを感じる。

 

あとはお土産が楽でよい。

お土産というと私は多くの人にランダムであげられるように酒を買うのだが

缶のお酒でガラナやメロンなど、北海道由来の物を買っていく。

 

あとはこのまえ行った際に改めて感動したのは山岡家であった。

塩と味噌を食べたのだが、塩ラーメンのラードを背脂に変えるトッピングに

さらにバターまでつけてしまった。

東京のものは醤油由来のものでギドギドは知っているのだが

この塩由来というのがなかなかなく

しかも朝にこれが食べれるというのは最高の贅沢だったな。

醤油が持つ鋭さをうまいと思うが、まったりの中にこれだけの刺激を伴わせるラーメンはなかなかない。




 

私の最近の飲み仲間自衛官のしにゃさんは札幌の出身で、

彼は山岡家のフリークなのだが、さすがと思える逸品であった。

 

すみれに行くのもいいと思うし、寿司を食べるのも美味しいと思う。

でも現地の人が美味しいというものこそ私は最高の贅沢で至高だと思う。

 

なぜなら現地の空気を吸い、そこで生きてきた人の生の情報というのは

旅行の雑誌やインターネットでは拾えない、そしてリアルだからこそある

生活感を伴った真の美味さがあるからだ。

若者と思っていたらうっかり38を迎えてしまった。

大ヒーローのhideは34歳で亡くなり、

織田信長は人生50年で散った。


そう思うと世間的にはおじさん、信長の時代で言ったらおじいちゃんと言ってもいいような歳なのかもしれない。


一方でうっとりするような美女や超かっこいい人が50くらいなんてことに驚くのもよくあり、

人間は年齢ではないんだなと思う。


私は今まで生きてきて今の自分が一番好きだ。

学生をやって、サラリーマンをやって、だけれどずっとバンドマンで、プー太郎も経営者も一通りやってみた中で、頭のネジが2本くらい外れ、高い抽象度から物事を俯瞰して見れるようになった。

そうすると案外世の中はどうとでもなるし、人に嫌われることへの恐れや、つまらない見栄が大抵の悩みや問題を引き起こしていることがわかる。

また老若男女様々な人達と会う仕事ゆえに思うのは、常識なんてものは所詮自分が培ってきた偏見の塊にしか過ぎないと思う。


37の歳は激動の一年で、気がつけば終わっていた。

振り返ればいろいろとあるが、出会いの大切さをこれほどにまで味わった年はなく、

自分の頭で人との縁こそが命である事に気づき、1月から今までで述べ350人以上の人と直接触れ合った事は褒めてあげたい。

リファーラルやリレーションシップはお金も体力も精神力も削っていく一方、まずは利他の精神から始まるところが非常に辛いのだが、目上の人達やすごい人達にまず出来ることなんて利他の他にない。


さて38はいろいろな方面から誕生日のお祝いが届きはじめ、改めて生かされている事を実感している。

感謝の気持ちでしかない。


なんと今日から一泊二日で小諸のホテルに行ってくる。




ポエムというタグがあった。

ポエムというと一般的には詩というようだが

私には歌にする前に乱雑に言葉を書くという事がたまにある。

 

こんな感じだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

天国酒場で君と飲みたいのさ
焼酎に赤いシロップを垂らして、
つまみなんていらないからさ
俺の話を聞いてほしいんだ

石原慎太郎、hideにTaijiよ
忌野清志郎、櫻井敦司よ
つまみなんていらないからさ
君の話を聞かせてほしいんだ

機械に囲まれて、情報に囲まれて
だけれど自分さえ、何一つわからない
無力な自分に無気力さえ感じる
孤独な道のりにただ立ちすくむ

娑婆の花園でこうして歌っている
たしかに生きている君たちに向かってさ
何もできないようで立ち上がって歩いてく
まぬけな僕らを天国酒場であいつらが笑ってる
だけれど羨ましそうに、頑張れとささやく
あいつらと俺たちに乾杯しようぜ
虚しささえ生きている証に、この安酒で乾杯!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

これは石原慎太郎の遺作であり自伝である

わが人生の時の時という本を読んだ際に妙な寂しさを感じて書き上げたものだ。

そして戦後の貧しい時期、石原氏が酒場で焼酎にシロップをかけて飲んだ時の旨さを

とてもリアルに語っていたことに親近感を感じ、それがテーマに言葉が出てきた。

 

寂しさから出た詩だが、書いているうちにポジティブな気持ちになり、

生きていく元気が出た。

 

思えば眠れない夜に、大好きな池尻大橋のバー、ハニービーのカウンターを思い出して、

そこに死んだじいちゃんやペットのモルモットたち、尊敬する故人を呼び出して、

なんかアドバイスやただ雑談をしているイメージをすることがあった。

なかなかそれが夜のとばりにあらわれない事は残念だが、

ふとあのバーや大好きな人たちの事を思い出して安心して眠れるという事が何度もあった。

 

そんな事も天国酒場というモチーフに繋がったのだと思う。




最近巷で話題の量子力学

二重スリット実験という実験で明らかにされた事ではあるが、

実は量子というのは人が見ていない状態ではもやもやした重ね合わせの状態であり

人が見る事で点として観測をされるのである。

 

二重スリット実験とは光や電子などの微小な粒子を、
二つのスリット(隙間)に向かって発射すると…

観測しなければ:干渉縞が現れ、波のような性質

観測すれば:粒子として振る舞い、波は消える

つまり、“観測したかどうか”が結果を左右するという、直感では理解できない不思議な現象が起きる。

 

それはどういうことかというと、意志の力が物事の結果に反映されるという示唆であり

私自身は大変勇気づけられている。

 

面白い話もあり、アソン=サージェント実験というのもあり、
プリンストン大学の研究所で、
人間の「意志」がランダムな機械的プロセスに影響を及ぼすか?を検証した

アソン=サージェント実験というのもあり、

ランダムに出力される「0と1」の列を、人が1が多く出ろと念じる
結果、統計的に有意な偏りが何度も観測された

つまり、意識はランダムな現象に影響を与える可能性があるという示唆だ。

 

辛いなと思った時でもあえて仕事をしたり、困難な事からも逃げない事を選択すると、

将来的にその結果を観測する事になる。

収束してしまった過去ではなく無数に存在する未来の自分の可能性の中で、

何を観測したいのか?その辺をなるべく具体的にイメージして、ポジティブな気持ちで物事に取り組むと

結果に繋がってくるのではないかと、最近確信している。

 

 

特殊な仕事を除くと、基本的には商品があり、

営業をしていく事で、それらを売る事で、金銭が発生するというのが、

一般的に言われる経済活動である。

 

私は前職では開発というところをベースメントに業務をしていたので、

常に誰かが持ってきてくれたものの成果物をみんなで仕上げるという流れの中にいた。

 

ただし、こうして独り身で働いていると、仕事がないところからのスタートという事で、

当然のことながら、仕事を作るための営業というところが仕事になってくるのだ。

 

飛び込みもやったし、人に頼むという事もあったが、

私に向いていると最近思うのは、人間関係を作ってしまって、

それらの人達と協力しながら自分の仕事も売っているというやり方である。

 

保険の凄腕の営業マンなんかはリストさえあれば飛び込んで自分の商品を売ってしまう。

それをすごいと思うし、尊敬もするのだが、

私みたいなのほほんとしたタイプは

ああいう話術というよりは、自分はまず人に好かれたり、すごい人間だと思われる関係性を作って、

人間関係の紹介から商品を売る方が結果が出るなと経験則として思う。

 

現代はインターネット導線を強化することで商品を売るSEOやMEOといったものが流行っていて、

私の会社にも腐るほどそうした営業は来るのであるが、

SEOやMEOの強化は必須とも思いながらも、自分だって信頼できる人やブランドというものに頼って

何を買うかとかどこにいくかなんかを決めている事を考えると、

関係性と紹介といったところに会社の広告費や接待交際費をぶっこんでいくのが良いと感じている。

 

デメリットは人も千差万別であり、必ずしも社会的成功をおさめている人間が良いわけではないということだ。

人間は権威に弱く、その辺をつけこまれることもあるのだが、

どんな相手でもしっかりと相手を見て、鵜吞みしないことが重要とつくづく感じている。

 

ノムさんが人を信頼してはいいが信用してはいけないと言っていたが、まさにその通りだと思う。

 

六本木でVIPとお話しした後、早々に解散となり、腹を満たすためにウォーキング&サーチをしていたところ、気になる看板を発見しました。

六本木にしては荒々しい看板に引き寄せられるように店内へ。さらにトイレも急ぎたかったので、思わず入店することに。

ラーメンに豚コマ脂を追加し、生卵もトッピングすることにしました。

接客してくれたのは、トルコかインド系と思われる感じの良い女性。食券を渡すと、しばらく待つことになりました。

チケットを渡した際、トッピングを尋ねられたので「ヤサイスクナメアブラシニンニクマシ」とお願いしました。そしてしばらくして、ラーメンが登場しました。

ここで、二郎系ラーメンの経営者に一言申し上げたいことがあります。結果的に私のラーメンはヤサイマシになりました。
日本語が不自由な中で、大変な状況だと思いますが、お客さんはお金を払ってラーメンを食べています。

外国人を雇うなと言うつもりはありません。ただ、二郎系や家系ラーメンの重要なポイントであるトッピングに関しては、客商売として責任を持ってやるべきだと思います。
例えば日本人の店長がそこだけはやるとかですね。
二郎系という他人の開発したものを使い、側だけを模倣したお金稼ぎだけが先行した商売ではいけません。
気になったので世の中に対して少しでも問題提起をしておきたいです。

ラーメンの野菜はシャキシャキとした食感で、固めのプル脂を絡めると美味しいです。スープは少し優しめでやや弱い印象を受けましたが、ニンニクを足したり、コマ脂の旨味を加えることで美味しくいただけました。麺は小麦の風味が強く、ごわっとした食感があり、角煮のようなチャーシューと絡めて食べると、二郎系ラーメンならではの醍醐味を感じました。

本家の二郎やインスパイア系には及ばない部分もありますが、この場所で比較的リーズナブルに楽しめる魅力的なお店だと思いました。















バーガーキングは、私が中学生の頃によく訪れた場所です。当時、タイのエンポリウムというデパート内に入っており、よくそこで食べた記憶があります。日本に帰国後、タイ旅行でインターナショナルスクールの女の子と約束を取り付け、再び一緒に訪れたことが特に懐かしく思い出されます。

大人になり、アルコールを楽しむようになってからは、バーガーを食べる機会は減っていきましたが、ふと肉の塊にジャンキーにかぶりつきたいという衝動に駆られ、久しぶりにバーガーキングへ足を運んでみました。

今回選んだのは「トリプルクワトロチーズワッパー」。おそらくこれは肉、チーズ、そしてガッツリとした満足感が得られるバーガーだろうと思い、ゼロコーラも一緒に注文しました。

バーガーが到着し、その大きさに驚愕しました。ダブルチーズバーガーが基準となっている私の脳内の想像を超える破壊力。さっそく齧ってみると、酸味のあるソースとチーズの味わい、さらにどこかスモーキーなテイストが加わり、ハンバーグの力強さが口の中で広がります。顔や手が汚れながらも、それでも夢中で食べ進める自分がいました。まるで人間としての本能が呼び覚まされるような感覚です。

マクドナルドやモスバーガーとは一線を画す、アメリカンで暴力的な力強さを感じさせる味わい。それがバーガーキングの魅力です。ゼロコーラとの相性も抜群で、驚くほど美味しく感じました。ポテトも、マクドナルドとモスバーガーの中間くらいの太さで、サクサクした食感とともに芋の味がしっかりと楽しめました。

「美味しいものを食べたい」という欲求から始めた今回の食事。まさに大当たりでした。こんなに美味しいとは、バーガーキングの魅力を再確認しました。