北海道というタグで書く。
実は北海道は最近行ってきたのでちょっとトレンディーなのだ。
北海道でまず大好きなのが、セコマである。
私はセコマのシュークリームが大好物だ。
ファミリーマートやセブンイレブンのシュークリームもうまいが
セコマのものはミルク由来の甘みとコクを感じる。
あとはお土産が楽でよい。
お土産というと私は多くの人にランダムであげられるように酒を買うのだが
缶のお酒でガラナやメロンなど、北海道由来の物を買っていく。
あとはこのまえ行った際に改めて感動したのは山岡家であった。
塩と味噌を食べたのだが、塩ラーメンのラードを背脂に変えるトッピングに
さらにバターまでつけてしまった。
東京のものは醤油由来のものでギドギドは知っているのだが
この塩由来というのがなかなかなく
しかも朝にこれが食べれるというのは最高の贅沢だったな。
醤油が持つ鋭さをうまいと思うが、まったりの中にこれだけの刺激を伴わせるラーメンはなかなかない。
私の最近の飲み仲間自衛官のしにゃさんは札幌の出身で、
彼は山岡家のフリークなのだが、さすがと思える逸品であった。
すみれに行くのもいいと思うし、寿司を食べるのも美味しいと思う。
でも現地の人が美味しいというものこそ私は最高の贅沢で至高だと思う。
なぜなら現地の空気を吸い、そこで生きてきた人の生の情報というのは
旅行の雑誌やインターネットでは拾えない、そしてリアルだからこそある
生活感を伴った真の美味さがあるからだ。
若者と思っていたらうっかり38を迎えてしまった。
大ヒーローのhideは34歳で亡くなり、
織田信長は人生50年で散った。
そう思うと世間的にはおじさん、信長の時代で言ったらおじいちゃんと言ってもいいような歳なのかもしれない。
一方でうっとりするような美女や超かっこいい人が50くらいなんてことに驚くのもよくあり、
人間は年齢ではないんだなと思う。
私は今まで生きてきて今の自分が一番好きだ。
学生をやって、サラリーマンをやって、だけれどずっとバンドマンで、プー太郎も経営者も一通りやってみた中で、頭のネジが2本くらい外れ、高い抽象度から物事を俯瞰して見れるようになった。
そうすると案外世の中はどうとでもなるし、人に嫌われることへの恐れや、つまらない見栄が大抵の悩みや問題を引き起こしていることがわかる。
また老若男女様々な人達と会う仕事ゆえに思うのは、常識なんてものは所詮自分が培ってきた偏見の塊にしか過ぎないと思う。
37の歳は激動の一年で、気がつけば終わっていた。
振り返ればいろいろとあるが、出会いの大切さをこれほどにまで味わった年はなく、
自分の頭で人との縁こそが命である事に気づき、1月から今までで述べ350人以上の人と直接触れ合った事は褒めてあげたい。
リファーラルやリレーションシップはお金も体力も精神力も削っていく一方、まずは利他の精神から始まるところが非常に辛いのだが、目上の人達やすごい人達にまず出来ることなんて利他の他にない。
さて38はいろいろな方面から誕生日のお祝いが届きはじめ、改めて生かされている事を実感している。
感謝の気持ちでしかない。
なんと今日から一泊二日で小諸のホテルに行ってくる。
ポエムというタグがあった。
ポエムというと一般的には詩というようだが
私には歌にする前に乱雑に言葉を書くという事がたまにある。
こんな感じだ。
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天国酒場で君と飲みたいのさ
焼酎に赤いシロップを垂らして、
つまみなんていらないからさ
俺の話を聞いてほしいんだ
石原慎太郎、hideにTaijiよ
忌野清志郎、櫻井敦司よ
つまみなんていらないからさ
君の話を聞かせてほしいんだ
機械に囲まれて、情報に囲まれて
だけれど自分さえ、何一つわからない
無力な自分に無気力さえ感じる
孤独な道のりにただ立ちすくむ
娑婆の花園でこうして歌っている
たしかに生きている君たちに向かってさ
何もできないようで立ち上がって歩いてく
まぬけな僕らを天国酒場であいつらが笑ってる
だけれど羨ましそうに、頑張れとささやく
あいつらと俺たちに乾杯しようぜ
虚しささえ生きている証に、この安酒で乾杯!
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これは石原慎太郎の遺作であり自伝である
わが人生の時の時という本を読んだ際に妙な寂しさを感じて書き上げたものだ。
そして戦後の貧しい時期、石原氏が酒場で焼酎にシロップをかけて飲んだ時の旨さを
とてもリアルに語っていたことに親近感を感じ、それがテーマに言葉が出てきた。
寂しさから出た詩だが、書いているうちにポジティブな気持ちになり、
生きていく元気が出た。
思えば眠れない夜に、大好きな池尻大橋のバー、ハニービーのカウンターを思い出して、
そこに死んだじいちゃんやペットのモルモットたち、尊敬する故人を呼び出して、
なんかアドバイスやただ雑談をしているイメージをすることがあった。
なかなかそれが夜のとばりにあらわれない事は残念だが、
ふとあのバーや大好きな人たちの事を思い出して安心して眠れるという事が何度もあった。
そんな事も天国酒場というモチーフに繋がったのだと思う。
最近巷で話題の量子力学
二重スリット実験という実験で明らかにされた事ではあるが、
実は量子というのは人が見ていない状態ではもやもやした重ね合わせの状態であり
人が見る事で点として観測をされるのである。
二重スリット実験とは光や電子などの微小な粒子を、
二つのスリット(隙間)に向かって発射すると…
観測しなければ:干渉縞が現れ、波のような性質
観測すれば:粒子として振る舞い、波は消える
つまり、“観測したかどうか”が結果を左右するという、直感では理解できない不思議な現象が起きる。
それはどういうことかというと、意志の力が物事の結果に反映されるという示唆であり
私自身は大変勇気づけられている。
面白い話もあり、アソン=サージェント実験というのもあり、
プリンストン大学の研究所で、
人間の「意志」がランダムな機械的プロセスに影響を及ぼすか?を検証した
アソン=サージェント実験というのもあり、
ランダムに出力される「0と1」の列を、人が1が多く出ろと念じる
結果、統計的に有意な偏りが何度も観測された
つまり、意識はランダムな現象に影響を与える可能性があるという示唆だ。
辛いなと思った時でもあえて仕事をしたり、困難な事からも逃げない事を選択すると、
将来的にその結果を観測する事になる。
収束してしまった過去ではなく無数に存在する未来の自分の可能性の中で、
何を観測したいのか?その辺をなるべく具体的にイメージして、ポジティブな気持ちで物事に取り組むと
結果に繋がってくるのではないかと、最近確信している。
特殊な仕事を除くと、基本的には商品があり、
営業をしていく事で、それらを売る事で、金銭が発生するというのが、
一般的に言われる経済活動である。
私は前職では開発というところをベースメントに業務をしていたので、
常に誰かが持ってきてくれたものの成果物をみんなで仕上げるという流れの中にいた。
ただし、こうして独り身で働いていると、仕事がないところからのスタートという事で、
当然のことながら、仕事を作るための営業というところが仕事になってくるのだ。
飛び込みもやったし、人に頼むという事もあったが、
私に向いていると最近思うのは、人間関係を作ってしまって、
それらの人達と協力しながら自分の仕事も売っているというやり方である。
保険の凄腕の営業マンなんかはリストさえあれば飛び込んで自分の商品を売ってしまう。
それをすごいと思うし、尊敬もするのだが、
私みたいなのほほんとしたタイプは
ああいう話術というよりは、自分はまず人に好かれたり、すごい人間だと思われる関係性を作って、
人間関係の紹介から商品を売る方が結果が出るなと経験則として思う。
現代はインターネット導線を強化することで商品を売るSEOやMEOといったものが流行っていて、
私の会社にも腐るほどそうした営業は来るのであるが、
SEOやMEOの強化は必須とも思いながらも、自分だって信頼できる人やブランドというものに頼って
何を買うかとかどこにいくかなんかを決めている事を考えると、
関係性と紹介といったところに会社の広告費や接待交際費をぶっこんでいくのが良いと感じている。
デメリットは人も千差万別であり、必ずしも社会的成功をおさめている人間が良いわけではないということだ。
人間は権威に弱く、その辺をつけこまれることもあるのだが、
どんな相手でもしっかりと相手を見て、鵜吞みしないことが重要とつくづく感じている。
ノムさんが人を信頼してはいいが信用してはいけないと言っていたが、まさにその通りだと思う。















































