いや、今もこうしてAIにしゃべりかけてブログを書いているんだけど、なんかすごい時代になってしまったなあと。

僕は今、若干の喪失感みたいなものを覚えながら、それでもこの時代の波に乗ろうとしている。

経営者たるもの、というか、経営者じゃなくても、自分の人生にある程度の主導権を持って生きていこうと思ったら、

今のAIという技術を知らないままでいるわけにはいかないと思う。

もちろん僕が最先端にいるのかどうかはわからない。

でも一般的なところから比べれば、かなり前のめりにAIを使っている方だとは思う。

で、最近ちょっと不思議な感覚がある。

AIがあまりにもすごくなりすぎて、なんだか精神的にしんどいのだ。

ChatGPTに「Dot」という新しいサービスが登場して、AIにいろんな仕事を任せられるようになってきた。

僕もCodexなんかを使って、もう会社の仕事をどんどんAIにやらせている。

例えばこの土日、僕自身は遊んだり、車を運転したり、ゲームをしたりしていたんだけど、

その間にAIが僕の会社のサービスを100社くらいに営業してくれていた。

さらに、プレスリリースを作って、無料の配信サービスに登録して、実際に世の中に公開するところまでやってくれた。

これ、今までだったら一体どれだけの時間とお金が必要だったんだろう。

もちろん何をやらせているのかは把握しているつもりだし、経営者として確認しなきゃいけないところは確認している。

でも、なんかね。

自分の認知というか、自分の頭が理解して処理していくスピードを、AIが超えてしまっているような感覚がある。

これは本当にすごいことで、嬉しいことでもあるんだけど、一方でちょっと怖い。

以前は自分が何かをやろうと思っても、時間がかかるからできなかった。あるいは面倒くさくてやらなかった。

ところが今は、AIに任せればどんどん進んでしまう。

僕が「ちょっと待ってくれ」と思うくらいの速度で、現実の仕事が動いてしまうのだ。

こんな時代になってくると、なんだか人と会うこととか、人と話すこととか、わざわざお金を払って人に会いに行くことなんかも、妙に馬鹿らしく感じてしまう瞬間がある。

もちろん、人間関係が不要だと言いたいわけじゃない。僕は人と話すのが好きだし、仕事だって人とのつながりからたくさん生まれてきた。

でも、今まで何時間もかけてやっていたことを、AIがあっという間にやってしまう。

それを見せられると、じゃあ人間がわざわざ時間を使ってやることって何なんだろうと、ふと考えてしまう。

しかも僕は2週間ほどお酒を飲んでいない。

これも結構大きいのかもしれない。

今までだったら飲みに行って、誰かとくだらない話をして、それで楽しかったなあ、なんてこともあったわけだけど、お酒を飲まなくなった今、そういう場所に行く意味まで少し考えてしまうようになった。

別に人に会いたくないわけじゃないんだけどね。

それから、僕はゲームも大好きで、今も昔のRPGなんかを遊んでいる。

ちゃんと熱中できるし、面白い。

でも、ふと「あれ?」と思うことがある。

AIが僕の代わりに現実の世界で仕事を進めている一方で、僕はゲームの中で一生懸命冒険している。

いや、ゲームはゲームで楽しいんですよ(笑)。

ただ、以前にはなかった妙な感覚があるのだ。

多分、こんな感覚を覚えている人はまだそんなに多くないんじゃないかな。

AIの開発の最先端にいる人たちは、もっと前から感じているのかもしれない。

僕はその少し後ろを、必死についていっているような立場なんだけど、それでもこれだけの変化を感じている。

もしかしたら半年後とか1年後には、もっとたくさんの人が同じような喪失感を覚えることになるのかもしれないね。

どうなんだろう。

ここで一つ言っておきたいのは、僕はAIが大好きだということ。

AIなんて使わない、AIは嫌いだ、なんて言っている人を見ると、正直ちょっともったいないなと思うし、使いもしないで否定するのはダサいと思ってしまう。

僕はこれからもバリバリ使う。

だって、これだけ面白い技術が世の中に登場しているのに、使わない理由がないもの。

でも、その上で最近思うのは、ものすごくアナログな自分も残しておいた方がいいんじゃないかということだ。

例えば、レコードを聴く。

昔のゲームを遊ぶ。

草木や森を見に行く。

自分の手で料理を作ってみる。

目の前にいる人と、別に何の生産性もない話をして笑う。

こういうことを、意識してやっていかないといけないのかもしれない。

何かを効率よくこなすとか、仕事につなげるとか、そういうことを抜きにしてね。

AIが進歩するほど、人間が何かをする意味というのは変わってくるんだろうなと思う。

AIが世界を滅ぼすなんて話も昔からあるし、こういうものは陰謀論じみた話になりやすい。

ただ、今回のAIに関しては、今までの技術とはちょっと違う怖さがある。

数学の難問をAIが解いたというニュースもあるし、複数のAIを組み合わせて、人間が長い時間をかけて取り組んできた問題に答えを出すような研究も進んでいる。

僕自身、もう全部は追い切れていない。

しかも今度はフィジカルAIという、AIに身体がついたような技術まで進んでいる。

荷物を運ぶ、物を分別する、塗装する、穴を開ける。そういう作業をロボットがこなしていく。

自動運転なんかもそうだし、そのうち隣にいるロボットが段ボールを開けてくれるような、昔のドラえもんみたいな世界も、そこまで突拍子もない話ではなくなってきた。

そうなると、ますます人間って何なんだろうと思う。

人間が何かを頑張ることとか、自分で考えて何かを成し遂げることとか、その意味まで変わってくるのかもしれない。

なんか、難しいね。

僕はAIを使って会社を大きくしたいし、実際にものすごく助けられている。

自分一人では到底できなかったことが、今どんどんできるようになっている。

これ自体は本当に嬉しい。

でも、嬉しいのと同じくらい、なんとも言えない喪失感がある。

多分、便利になることと、人間が幸せになることって、必ずしも同じではないんだろうね。

だから僕は、AIを使い倒す自分と、めちゃくちゃアナログな自分の両方を持っておきたい。

ギターも自分の手で弾きたいし、レコードも聴きたい。

AIが音楽を作ってくれるからって、自分で演奏することまでやめたいわけじゃない。

なんなら、この前もライブで一生懸命ギターを弾いて、ミスして悔しがっていた(笑)。

そんなことも含めて、自分の手で何かをやる時間は残しておきたいなと思う。

すいませんね、なんだかまとまりのないブログになってしまった。

実はこのブログ自体も、すでにAIが自動で作って公開している記事がいくつかある。

だからこそ、たまにはこうやって自分の本音をしゃべって、ブログにしておこうと思った。

まあ、これを書いているのもAIなんだけどね(笑)。