人生の転機というものがある。皆さんにとってもあるだろうし、テレビをつければいつだって誰かの人生の転機について何かしらの特集をやっていたりする。本当にすごい人の転機が、とても小さなことだったりして驚くこともある。自分の人生の転機も、大きく見えるものもあれば、他人から見たらちっちゃいものだなと思われるようなものもあるのだろう。


自分にとっての転機

おそらく他人から見たらとても小さな転機で、物理的に見たらただ生活している自分がそのままそこにいるようにしか見えないようなもの。でも確かにこれが転機だったなと思うものがある。
斉藤ひとりさんとの出会いである。


直接お話しできたり会食したりしたわけではない。とある日にたまたまYouTubeで斉藤ひとりさんの講演が自動再生で流れてきた。ただそれだけのことだった。
それまでの自分は、真面目な家庭で育ち、反抗もしたし親に迷惑もかけたが、基本的には真面目に生きてきた。ロックとの出会いでアウトローに行ったつもりが、気づけばまた真面目な世界に戻っていた。音楽をある程度安定してやっていける環境があったのに、それができなくなるようなことが人生に起きた。
よく「あいつ腐ったな」という話があるが、自分もまさにそうなった。酒ばかり飲んで、毎日のように飲み屋に通っていた。その時期にいろんなところで酒を飲む中で、今のグルメ道

食通としてのテクニックや知識を身につけたわけだが、本業の仕事には一切身が入らなかった。


そんな時期に出会ったのが斉藤ひとりさんだった。
それまでの人生は、恐怖を中心とした世界観で動いていた。これ以上の大学に行かないといい企業に入れないから人生が終わる、頑張りなさい。こういう会社に入れなかったら人生が大変だ、頑張りなさい。ネガティブシンキングでずっと来ていた。仕事もそう。みんなこれを真面目と呼ぶし、自分もそう思って生きてきた。


初めて大きな挫折をした時、なんだろうと思った。こんなに恐怖に従って生きてきたのに。サボることも逃げたこともあったけど、自分としては怖いものを避けるためにやってきたつもりだった。それなのに全然うまくいかない。

斉藤ひとりさんは「地球が天国になる話」という本の中で、こんなことを言っていた。

人間は一回何か悪いことが起きた時に、その悪いことを2度、3度、4度と、100回、200回、300回と、ずっと自分を責め続ける。償った罪をずっと裁いている悪徳裁判官が心の中にいる、と。


そういうものはなくした方がいい。悪い言葉は言わない。とにかくポジティブに。自分の機嫌は自分で取る。周りが暗いのはあいつのせいだと思うのではなく、自分が太陽になる。明るくポジティブな言葉を使い、愚痴や悪口は言わない。人に対して愛情を持って明るい言葉を使う。


斉藤ひとりさんの言葉には、ものすごい説得力があった。実績もあった。人生って明るく考えていいんだ

そう思い始めた。

本を読み漁り、「この野郎、クソ野郎、ぶっ殺してやる」と思った時に、その言葉を否定してあげるような習慣を少しずつつけていった。


これが本当に人生の転機だった。事態が好転していったのである。

ポジティブに考えられるようになると、世界が変わった。
本当に音楽をやりたいんだよな、もう一回バンドをやってみようか、

友達と演奏してみようか、と思うようになった。

仕事も、目の前の人と向き合って酒でも飲んで本音を聞いて、つまらないと思っていた仕事でも面白くやってみようか、ワイワイ騒いでみようか、と。


開運にも興味が湧いた。いろんな本やホームページを見て、三峯神社に行き、秩父の三峯神社に行ったらここはすごいところだと感動した。いまだに毎年参拝している。


チャンスにしがみついてみようと思えるようになった。その先に、自分にとってのヒーローと呼べる人とのレッスンがあり、大きな仕事が生まれ、何よりもその人たちと親しい関係になれた。

ポジティブになってみたら、世の中の問題に対して自分に何ができるのか考えるようになったし、

目の前に困っている人がいたらなんとかしてあげられないだろうかと思えるようにもなった。
暗さを消していった時に、光明が見えてくるという経験をしたのである。

今でも大事な商談の前日には斉藤ひとりさんの本を読む。大体30分くらいで読める本が多いのだが、読むと底抜けに大丈夫だなと気持ちが軽くなる。

本を読んでカツカレーでも食べて、軽く楽しく遊びに行くような気持ちで商談に臨む。

もちろんスーツをしっかり着て、お菓子を持って行って、相手が喜ぶようなことを準備はする。

でも心は安らいでいる。サウナにいるような感覚で人と話ができる。

学生の時の面接で手に「人」の字を書いて飲んでいたのとは真逆である。不思議とうまくいく。


斉藤ひとりさんがよく言う「振動数が人生を変える」という話、10年以上意味がわからなかった。

振動数って何だよ、人生の中で振動なんかしないだろうと。

でも最近思うのは、振動数というのは、心がぶわっと広い感覚のことなのだと思う。

余裕に満ちあふれて、慈愛がある感覚。

自分の場合で言えば、何の不安もなく朝からホッピー通りに飲みに行くような感覚。人によってはディズニーランドに行くような気持ちかもしれない。


チェーンソーでぶった斬ってやりたいようなクソ野郎に会う時も、

ディズニーランドに行くような気持ちでいる。

するとクソ野郎がミッキーになっている。

ふざけたことを言うなと思われるかもしれないが、

実際そうなのである。これは物の見方の話なのだ。


斉藤ひとりさんは結局、物の見方で世界を変えるということを教えてくれた。今不幸だと思っている人も、辛いなと思う人もいるだろう。でも日本で普通に暮らしていて、味噌汁とご飯が食べられる。それを「ただの飯だ」と思って食べるのと、「美味しいな」「ありがたいな」と思って食べるのとでは全然違う。道に咲いている花を美しいと思う。

そういう日常の幸せの大事さを斉藤ひとりさんから学んだ。
こういう考え方になるまでに、10年くらいかかった。
シビアに、楽観的に


最近とあるアワードに行って、めちゃくちゃ明るい人とそうでない人を見た時に、

明るい人の方が成功しているということが明らかに見えた。物の見方を変えること、自分の過去や今置かれている状況に対して楽観的に、でもシビアに考える。シビアに楽観的に考えるということが大事なのだと、

100点でできているわけではないが、強く思っている。


自分に対する捉え方、自分の人生の捉え方。話を聞いたら涙が出るくらい辛い経験をしてきた人もいる。でもその人が生きてきたこと、辛い思いをしたことも含めて、とても価値があると思っている。
だったら、少しだけ明るく捉えてみませんか、と言いたい。


絶望があったかもしれない。愛し続けた人に裏切られたかもしれない。

騙されて地獄に落ちたと思ったかもしれない。

でもその時に出会った人に、あなたは優しくできたかもしれない。

その経験を持って。その優しくされた人が、すごく救われたかもしれない。

それはあなたの絶望があったからこそあった話なのである。
そんな絶望はなかった方がいいと思うだろう。

当然だ。

でもその人はあなたの優しさに救われたということがある。

それってすごくいいことなのではないかと思う。
誰かに怒られるかもしれないが、僕はそう思う。