前回は子供の頃のパワプロとの出会いから、大学時代までのロッテファン歴を振り返った。
今回はその続き、社会人になってからの話である。
ここからが、僕が本当の意味でロッテファンになっていく物語だ。
社会人、挫折、そしてロッテへの逃避
社会人になると、お金も入るようになったし、アルコールも一気に飲むようになった。
ストレスもあって、友達と野球を見に行く回数がかなり増えた。
確か岸投手にノーヒットノーランを決められた試合なんかも、この頃に見ている。
僕にとって大きかったのは、挫折経験とロッテの結びつきである。
ちょっとした挫折があった。その時の自分としては全てを失ったと思うぐらいのものだったが、
今から振り返れば大したことはないし、むしろ必要な経験だった。
ただ、その渦中にいた僕の逃げ場がプロ野球だったのである。
仕事そっちのけで、かなりロッテにのめり込んでいった。
ちょうど伊東監督の時代で、ドラフトで今の西武ライオンズで活躍している平沢大河選手が入ってきたばかりの頃だった。
涌井投手がエースで、石川投手や荻野貴司もいた。清田や大松も残っていて、成瀬はもういなかった。
伊東監督のロッテには「南」や「ロッテの大谷」と呼ばれた選手もいて、
誰も知らないような地味だけどいい選手がいた。
今は名球会入りしそうでずっとならない益田投手や、
井口もいた。サブローの引退試合も見た。
毎日ロッテの成績をチェックし、毎日のように試合を見ていた。
前職は社会人野球が強いところだったから、社会人野球も一緒に応援したりして、
野球そのものにどんどんのめり込んでいった。
野球本の海に溺れる
ちょうどKindleの読み放題にも入っていた時期で、Kindleにある野球本は全部読むくらいの勢いだった。
特にノムさんの本は本当に擦り切れるほど読んだ。
広岡達朗さん、落合さん、ああいう野球の名将たちの本を何度も何度も読み返した。
その頃はまだ自分の抽象度というか、自分自身の能力が低くて、読んでも十分には入ってこなかった。
だがかなり頭には入っていたようで、今になってみると「野球こそ人生」と言えるくらいになっている。
人生の問題や人生のあれこれは全て野球で例えられるし、
野球を参考にして何かを考えるという癖も、あの頃についたのだと思う。
若手選手たちへの親心
平沢もそうだが、安田、横浜で活躍している佐々木千隼投手、藤原、佐々木朗希。
それ以外にも種市や、もういなくなってしまったが成田投手、加藤翔平、田村、山口。
ドラフトで入ってきた選手たちはみんな、自分の子供のような感覚がずっとしている。
つい野球観戦をしていても声を出してしまい、売り子のお姉ちゃんに「汚い言葉で言わないでよ」と怒られたこともあった。
その頃、もう周知の事実だから言っても構わないと思うが、
黒木さんのお嬢さんがマリンスタジアムで酎ハイを売っていた。
僕はその時期、ビールを一切飲まなかった。
黒木さんのお嬢さん、メイさんは今はロッテ中心のタレントさんをやっていて、
お父さんがイケメンだからかすごくきれいな子なのだが、
その子の酎ハイを買うのが本当に僕の生きがいだったくらい好きだった。
伊東監督から井口政権へ
僕にとってのロッテの監督といったら、山本功児さん、ボビー・バレンタイン、伊東勤さんである。
特に伊東勤さんの時代は、本当に野球を見た。
そうこうしているうちに井口の引退試合があり、井口資仁が監督になった。
ロッテというのは、スーパースターが本当に現れないチームである。
球界を代表するような選手がなかなか出てこないのが特徴なのだが、
佐々木朗希が入ってきた時は本当に嬉しかった。
ロッテに松坂大輔のような存在がやってきたということが、信じられないくらいだった。
佐々木朗希が投げる日は何としてもマリンに行くという感じになっていたし、
クライマックスシリーズに進出した時はほぼ必ず一試合は観に行っていた。
ロッテを追いかけて、北は札幌ドームにエスコンフィールド、仙台、西武ドーム、大阪ドームまで足を運んだ。
福岡の屈辱
サラリーマン時代にすごく悔しかったのは、クライマックスシリーズでの出来事である。
コロナの時期に1位と2位の直接対決のようなシリーズがあり、福岡での試合のチケットを確保した。
1試合目と2試合目は取れなかったが、3試合目のチケットは手に入れた。
ワクワクして飛行機も取り、会社の休みも取った。
だがロッテが2連敗して、チケットが紙切れになってしまった。ちょっと泣いた。
それでも生まれて初めて一人で福岡に行き、屋台やグルメを味わって、福岡は本当にいいところだと思った。
ただ翌日、二日酔いで街を歩いていたら、ホークスの歌がどこに行っても流れていて、
本当に腹が立ったのを覚えている。
宿敵ソフトバンク
僕のじいちゃんはアンチ巨人だったし、弟もアンチ巨人、父も基本的にアンチ巨人である。
だが僕はアンチソフトバンクなのだ。
ずっとやりあってきた相手である。僕の悲願は「ロッテの勝率1位からの日本シリーズ制覇」で、
生きている間にそれが実現するかどうかわからないが、それを阻んできた宿敵がソフトバンクなのである。
南海ホークスの歴史は好きだが、ソフトバンクはどうしても好きになれない。
以前ロッテにオスナというピッチャーがいて、そのオスナがソフトバンクに強奪された時は、
契約したばかりのソフトバンクの携帯もネット関連も全部解約して、
違約金を払って別の携帯会社に乗り換えたくらい腹が立った。
我ながらなかなかの行動力だと思う。
ロッテは人生とイコール
ロッテというのは、僕にとって人生そのものである。
現時点でサブロー監督のチームはとても満足できるような野球はしていないし、
去年も本当に弱かったし今年も強くない。
でも伊東監督時代から井口政権、吉井政権と見ていくと、結構Aクラスにも入っているし、
クライマックスではいい思いもさせてもらった。
特に一番良かったのは、延長の裏で億千金の一打による逆転サヨナラを見た時だ。
ファンのみんなと抱き合って喜び、インフルエンザをもらった。あれが僕の見てきた試合の中ではベストゲームだったと思う。
現地では見ていないが、佐々木朗希の完全試合も忘れられない。
ロッテが本当に一面を飾るというか、世の中の中心に来るという経験で、あれは本当に気持ちよかった。
佐々木朗希とソフトバンクの千賀の投げ合いを見に行った時、
佐々木朗希のストレートを初めて現地で見てボールが消えるという体験をした。
あのスピードは、本当に得難い経験だったと今になって思う。
それでもロッテを愛し続ける理由
ロッテというチームは、応援していて報われることが少ない。
ここが優勝だという時ほど最下位になってしまうし、
編成やフロント、コーチの人事、佐々木朗希の移籍問題など、
傍から見ても組織としてどうなんだと思うことも多い。
だがやっぱり、子供の頃からずっと好きで、いろんな思い出がある。
球場で食べたもつ煮の味、マリンの空気、選手の涙、井上晴哉の引退セレモニー。
人生の酸いも甘いも、「ああ、あの時のロッテだな」と思い出とともに蘇ってくる。
結婚して新婚旅行に行くためのスーツケースを買っていたら伊東監督が辞任したニュースが飛び込んできて、
そっちで頭がいっぱいになったこともあった。
野球を通して前職の同僚とも仲良くなったし、家族との会話も野球があるから成り立っている部分がある。
野球好きな人がいれば、どんな球団のファンとでも話せる。
何人かのプロ野球選手にも会ったことがあるが、自分がどんな立場にいても、
ロックミュージシャンが僕にとって天上人であるのと同じように、プロ野球選手はやはり特別な存在である。
いくらソフトバンクが嫌いでも王貞治さんは偉大だと思うし、
長嶋茂雄さんも星野さんも落合さんもノムさんも神様だと思う。
連覇を成し遂げたV9の巨人、広岡・森の西武黄金時代、ダイエーを強くした王さんの時代。
いろんなプロ野球の歴史があって、それに対するリスペクトは深い。
やっぱり野球はいい。そう思う。
そんな感じで、野球大好きな私でした。