ブログではこれまで自己紹介として、グルメの話や心の世界の話、スターになりたいという気づきの話などを書いてきた。

でもさすがにそろそろロックの話もしなければならないだろう。


子供の頃の自分は、大人しさと衝動性を両方兼ね備えたような子供だった。

ドラクエやファイナルファンタジーをおとなしくやっている一方で、変な正義感を発揮して急にいじめっ子を殴ったり、

そのまま学校から帰ってきてしまったりする。ぼーっとしているところもある、まあかわいい子供だったと思う。


ただ、自分の中にはどうしようもない衝動があった。自分の思いを言語化できない、ふつふつとした何か。

ちょっとした破壊衝動のようなもの。それを晴らしてくれるものが、ロックだった。


最初に聴き始めたのはB'zだったと思う。

ラルク、LUNA SEA、GLAYあたりはほぼリアルタイムで直撃した世代で

、音楽をやっている人たちがかっこいい、曲がかっこいいと素直に思っていた。


決定的だったのは、やはりX JAPANである。
Silent Jealousyを聴いたとき、脳に直撃した。

「殺す」という言葉を歌詞に入れているのに、

曲は聴いたことがないくらい激しくて美しい。

これをやるしかないと思った。
当時、タイのバンコクに住んでいた。

同じマンションに結構お金持ちの不動産屋さんがいて、

その人がヤングギターというメタル寄りのギター雑誌をギターごと譲ってくれた。

さらにリッチー・ブラックモアズ・レインボーの「ファイナル・カット」というDVDもつけてくれて、

リッチーのかっこよさに触れ、よりギターにのめり込んでいった。


本当に弾けないのに、

音源もなく、ヤングギターに載っているタブ譜をひたすらなぞり続けるということをやっていた。


中学から高校にかけて、いろんなアルバムを買ったり借りたりした。

伊藤政則さんが書いているメタルやハードロックのCDレビューを読んで、

こんなアーティストがいるのかと一つ一つ確認していった。


そして運命的な出会いがあった。当時BLUELANDというバンドでメジャーデビューした北原さんという人が、

近所のハードオフで働いていたのである。

金髪の店員さんで、ギターのチェックをするときにイングヴェイ・マルムスティーンのようなギターをバリバリ弾く。

話しかけてみたら、すごくかわいがってもらえた。


「これ買え」とラウドネスやジューダス・プリーストを勧めてくれたり、

トニー・マカパインのCDを聴かせてくれたり。

北原さんはお酒を飲まない人で、日産スカイラインに乗せてくれて、

デニーズでドリンクバーを飲みながらロックの話をしたりした。

 

多分そのつてと思うが、エリア51というヘビーメタルバンドと知り合って、打ち上げに参加し、

若気の至りでいろいろやったりもした。ロックを体と脳みそで覚えていった時期である。


高校は、みんなが名前を聞くとおーっというような学校に通っていた。

でも実際は本当にロックのことしか考えていなかった。

ロックのことしか考えていないくせに、当時はギターの弾き方もコードの作り方も、

自分がかっこいいと思うものの定義すら、本質が全然わかっていなかった。

今振り返れば、当時の自分に1年間くらい伴走してロックを教えてあげたいと思うくらいである。


でも、とにかく純粋だった。好きなものにはバイト代を全部つぎ込んだし、

ひたすらMDに入れて聴いた。

攻撃的で、ネガティブで、それでも好きだった


当時の自分は、自分の価値観と違うものや違う人に対して折り合うことができなかった。

相手のことを理解してあげることもできず、すごく攻撃的だったし、ネガティブだった。

当然、女の子にもモテなかった。


それでも、すごく好きだったのである。ロックが。
今もそうだ。特に日本の90年代のJロック、ヴィジュアル系から2000年代にかけての音楽、

80年代のハードロック、70年代のハードロック、80年代から90年代のヘビーメタル。

ドラクエやファイナルファンタジー、ファルコムの英雄伝説の音楽もルーツではあるが、やはりロックが中心にある。


今ではかなりフラットに音楽を判断するようになった。

若い人が聴いているもの、流行っているもの、他のジャンルの音楽もちゃんと分け隔てなく聴いて、

いいところを探そうとしている。でも、あの頃に聴いたものよりかっこいい音楽は見つからない。


これは学術的にも言われていることで、思春期や若い頃に触れた芸術に対する感性というのは、

やはり年齢とともに鈍っていくものらしい。

だから自分がシンセサイザーVが出てくるまでボーカロイドを認められなかったのも無理はないし、

逆にボーカロイドのあの声じゃないと歌じゃないと思っている後ろの世代がいるのも理解できる。

今、生成AIで曲を作るのもいいと思うが、B'zのFireballとAIで作った曲を比べたら、

自分はFireballの方がずっとかっこいいと思ってしまう。

でも今10代でAIに出会って衝撃を受けた人にとっては、B'zやXよりそっちがクールなのだろう。

いつ生まれて、いつ何にぶつかったかということなのだと思う。


ロックやメタル、ハードロック、ヴィジュアル系の何がそんなに好きなのか。

やはり人間が生きている熱さである。グワーッと出てくるような音の衝撃。


筋肉少女帯のような忌憚のない表現。ギタリスト橘高文彦さんの、生きづらさがギターに出ているような、

熱さと苦しさが素直に表現されたもの。

ZIGGYの底抜けの明るさ、メロディの美しさが熱いビートと一緒にくるあの感じ。

亡くなってしまったBUCK-TICKの櫻井敦司さんの、この世のものではないような格好よさとミステリアスな雰囲気

ああいうものはSNSの時代ではもうアーティストに感じることができないのかもしれない。

イングヴェイ・マルムスティーンのように、ギターと音楽と音色と生き方が全部一つのフォーマットとして成立している人。


そういうものの眩いばかりのエネルギーが、自分の人生を今の形にしたのだと思う。

たびたび書いていることだが、日本にはすごく細かいカースト性のようなものがあると思っている。

サラリーマンの息子はサラリーマンになるし、会計士の息子が会計士になるということも珍しくない。

その引力の力はすさまじい。
自分も典型的なサラリーマン家系に生まれた。中の上くらいの家庭で、不自由なく育った。

ロックが好きだと言いながら、気づけば普通にサラリーマンを13年もやっていた。

カーストの引力に見事に巻き込まれたわけである。
それが今、一人でロックを中心にして、音楽の仕事をしている。

ロックをやるために社長業までやっている。

これは自分が憧れたロッカーたちのパワーがいかに強かったかということの証明なのだと思う。


本当に大好きだ。ロックが。