とある夜。
今日は本来あったはずのレコーディングがなくなって、比較的ゆるりとした夜を迎えています。バンドのレコーディングだから、まあ良かったっちゃ良かったんだけど。

とはいえこの日は、朝5時から起きていろいろ動いていたのもあって、昼寝も挟みつつ、ひたすら事務的な仕事とか、人の対応をしていたら終わったような感じでした。
気づけば結局、夜中の12時を超えています。

せっかく神様がくれた「お酒を飲まない日」というところで、今日はノンアルのワインを開けながら、ブログを書き溜めていこうかなと思っています。

最近、周りがようやくAIに追いついてきたというか、AIの存在を認知してきたような空気があります。
ただ、「追いついてきた」と言わないのは、まだ本当の意味でAIのことをよく分かっていない人が多いと思うからです。

例えば、ギターを弾く人の中にも「音楽理論はいらない」って言う人がいますよね。
確かに理論がなくてもギターは弾ける。
でも、本当の意味で意図した形で音楽を設計していくとなると、意識的であれ無意識的であれ、結局は理論を使うことになります。

AIも同じだと思っています。

AIって、結局「どう使うの?」って話で、
自分の手で触って、自分でコンテンツを生んでみて、自分で仕事をしてみて、日常の中に入れてみる。
その段階を踏んで初めて、見えてくるものがある。

でも、ちょっと触りの話を聞いたり、
自分の写真を入れて人魚姫にしてもらったり、
その程度の体験だけで「AIを分かった気」になって、

AIは危険だ

AIで世界平和が来る

AIが全部置き換える

AIはただ過去の情報を統合して話してるだけ

世界規模の秘密があって都合の悪い部分は学習させてない

みたいなことを言う人が出てくる。

もちろん議論は自由だし、言いたいことは分かるんだけど、
僕がひとつ言いたいのは、

実際に触って、生活の中に入れて、何かを置き換えて、何かを作ってみる前に議論するのは不毛だな
ってことです。

これ、音楽で言うなら、1950年代にエレキギターが出てきた時に、

「こんなものは楽器じゃない、電子機器だ」

って言った人たちがいた、あの感じに似てる。

でも実際には、エレキギターは今までの世界にはない音色を作って、ポピュラーミュージックを発展させてきた。
そして、それを作ったのは「文句を言った人」じゃなくて、触って、試して、音を出した人だった。

AIも、たぶん似たところがある。

だから僕は、まず触ったらいいんじゃないかなと思っています。
触ってみて、自分の生活で使ってみて、何かを作ってみて、置き換えてみて、そのあとで語ればいい。

……そんなことを、今日のノンアルワインのお供として、書き溜めるブログの始まりにしてみようかと思います。

 

こうしてノンアルワインを飲みながら書けるのも音声入力という技術とAIの取り合わせである。