学生時代に親しかった徳丸くんから、こんなメールが舞い込んで来た。:--
ふたりで三行詩なるものを作ってみないか、連句の如くに、というから、面白いかもしれん、と道之助は即座にいう。で、きみ、最初の一行はできているのかい、と書き送ると、徳丸くんは こんなのはどうかな、と用意してあったかのように送ってきた。
--見上げれば 遠くより鳴り響く フルートの音色*---
どう、こんなのは、空が碧く晴れ渡り、清々しい気持ちになれたものだから、と徳丸くんは云う。なるほど、それでは、それに続けて こんな風にいってみようか。と道之助はほんのちょっと考えて送ってみた。
--入道雲の湧きたちて やがて来る 雷雨の気配*---
ほう、そうきたのか、では 僕は最後をこんな風に締めくくってみようか、と彼は送ってよこす。
--峰々に伍して 屹立する樹木の 毅然たる*-- ⑴-
なるほど、見事につないだものだ、最初の試みにしては上出来ということかな、と道之助の意見に、徳丸くんも満更でもないらしく、Danke , Es freut mich sehr! と書き送ってきた。 道之助は、ではまた、Zum nachsten Mal と送ると、面白くなりそうだ、sehr gemuhtlich !..次も期待しているからよろしくね、と徳丸くんも上機嫌そうに書き込んでくる。。。
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すると、暫くしてまた、徳丸くんはメールを送ってきた。彼は今は北海道に赴任して とある医科大学で教鞭をとっている。 そして そこでドイツ語を教えているが、徳丸くんの専門はドイツ後期ロマン派のティーク Tieckで、その道で 論文を書くことに専念している。---
--そして 樹木に留まりたる 山鳩よ*--
どう、こんなのは・・。というから、道之助はしばらく考えてこんなのを綴っていた。
-- 汝れは 孤独なりしや ひとり侘しや*--
序でに、これを英語で書き綴ればこんな感じかな、と書き添えてみる。:I ask thee , Artest thou lonely there? ..
Artest thou alone yourself? .. ⑵--
ほう、いいねえ、それではこんなのはどうだろう、と徳丸くんが暫くしてまた、送ってくる。---
-- 朝まだきに 郭公の鳴き声の 木霊して*--
うん、それではこんな風にやってみようか、と道之助。
-- 窓辺からは 黄色い薔薇の香が *---
そうか、なるほどと間をとるや、こんなのを送ってよこす。
-- 石にも 柔和なこころの ありや なしやと*-- ⑶-
なんだい、そのこころは・・と送り返すと、徳丸五十くんはぼくも、堅物といわれて久しいからねと送ってよこす。すると道之助は、きみは石のような堅物じゃない、寧ろ、純潔なのさ、知性に溢れ、どう見てもねと書き送る。。
*** ))) *
それでは次回はぼくのほうから送るから、愉しみに待っていてくれ、と道之助。そうだね、次回も期待してまっているよ、と徳丸くん。きみはあの頃、詩も書き、創作もし、時々読ませてもらったからね。。。だが、徳丸くんの評価はさらっとしたものだったが、かなり手厳しかったのを道之助は覚えている。それも徳丸くんは笑顔はつくりつつも、真顔で言うから恐れ入ったものだったのだ。
それからしばらくして、道之助はこんなのを書き送ってみた。彼の専門は現代文学にあり、その一つに関連して書き綴っている。
-- 閨秀詩人 ランゲッサー全集の 隣には
八冊の 小冊子* ---
Nearby the complete works of Langgasser,
A German feminine writer, forms a line of
The eight little works..---
すると、これには徳丸くんはこんな風に送ってきた。
-- 汝が翻訳せし 抒情詩の数々
メルクマールなりし*--- ⑷--
The German Lyric Poetries, you translate ,
The works, that memorializes your **Geburztag---
徳丸くんは覚えていてくれたんだなと、道之助は嘗て何度か冊子が出来上がると送っていたのを想い出した。-- 道之助はドイツバロック詩からメーリケを真ん中に、現代詩までのアンソロジーを好んで訳していたからだが、次にはランゲッサーの短編集の翻訳を済ませると、19世紀の作家ラーベに移り、その生涯と作品に関して書き続けていたが、彼にはまだ、その話はしていない。。。
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次の機会には、道之助はこんなのを送っていた。
-- ハンザー版 ゲーテ全集を手に
紅いカーディガンを羽織り* ---
すると暫くして、徳丸くんは送ってよこした。
-- 歳のせいか 寒さのせいか 気付けば
頬を ほんのり 赤く染め* -- ⑸-
まだ、そんな歳でもあるまいが、と道之助は微苦笑していたが、彼もなかなか、知性に溢れるのは固より、繊細さも備わってきたのかと道之助は愉しく思う。そこで、すっかり、ゆとりができてきたみたいだな、廣々として北の国に棲みついて。 もうどれくらいになるのだろう、そちらに定住してから、と聞くと、すっかり道民になってしまったよ、愛着も湧いてきたし、竟の棲家にしてもいいかなどと徳丸くんは隠さず云う。-あの頃、そう、しばらく前は、少し不安げな表情を隠さなかったものだがと道之助は思う。。。
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道之助は少し、個人的な関心事になりすぎるかと思ったが
こんなのを暫くして書き送っていた。
-- 現代ドイツ作家の群像 とりわけ
ビクセルには 愛着が *--
すると、これには徳丸五十くんはこんなのを送ってよこした。
-- 一徹な老人の話 「テーブルは テーブルだ」*--
へえ、彼はこの拙訳も読んでくれているのかと感心すると、次にはこんな一節を送っていたのだ。
-- 独自の 語彙の世界に 閉じこもり
却って 混乱に *--
暫くすると、徳丸くんはこんなのを送ってきた。
-- そんな変わった 偏屈な老人は
身の回りに いませんかと*--- ⑹--
**
互いに、まだ、そんな年頃にはなっていないが、徳丸くんがその気になって遊び心で書いてきたものだから、道之助もついつい、気を許して遊び心に委ねてみた。
---前髪白き 熟年の 若かりし頃に 想ひを馳せ*---
徳丸くんはすると、こんな親しみある言葉で締めくくっていたのだ。
---きみとの 学生時代の友情を 懐かしむ* --⑺-
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徳丸くんは学生時代、皇居の周りをトレーニングしたことも何度かあると云ったものだが、彼のような堅物がそんなトレーニングをしたことがあるとは意外だったし、彼に論文のレジメの手書きを、ドイツ語だったが、タイプで十数枚打ってもらったことがあり、こちらから頼んだわけでもなかったのに、そんな話をしていると、直ぐに、打ってやってもいいと言われ、それに甘えたことも懐かしく、それから暫くして、道之助のアパートに遊びに来て夕食をした折り、今日はぼくに払わせてくれないかといっても、いや、それは気持ちだけでいいからと、決して、受け入れなかったことや、某省庁の官僚で局長にまでなったかれの父親が若くして亡くなった折りには、悲しそうな顔をして言葉少なに話してくれたことなど思い出されてくるのである。。 *** ))) *
桑子道之助氏の優雅な青春交遊抄 より