『PLAN75』『やがて海へと届く』『夜明けまでバス停で』他 1月の映画鑑賞記録Ⅵ2024 | レイモン大和屋の <シネ!ブラボー>

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映画感想、読書感想を備忘録として書いてます。
三浦しをん氏のエッセイを愛読しています。
記憶に残る映画と1本でも多く出会えることを願っています。

1月の映画鑑賞記録最終回です。

 

『PLAN75』2022年

監督 早川千絵

 

感想)老人医療費の増大による国家財政の危機、高齢者を標的にした凶悪事件の頻発、その問題解決の政策として国会で可決された、75歳以上の高齢者に生死の選択権を国が認め、支援するという「PLAN75」という制度(食事付き施設見学ツアー、無料の共同埋葬、10万円の支度金支給)が施行された。

 

角谷ミチ(倍賞千恵子)は78歳でホテルの客室清掃員として働いていたが、同僚の高齢女性が仕事中に倒れたことがきっかけで解雇される。78歳という年齢から新しい仕事も老朽化で取り壊しになる今の住居から引っ越すための新しい住居も中々決まらない。悩んだ末にミチは「PRAN75」を選択するのだが・・・

 

「PLAN75」はこの3年で成果を上げ10年後には65歳まで対象年齢を引き下げることが検討されているというラジオのニュースが流れる。「PLAN75」の施設で酸素吸入器を付けられ、有毒ガスが送り込まれ、安楽死した遺体は産業廃棄物処理会社の火葬炉で動物の死体と同様に処理される。近未来の日本を想像させ、ヒューマンホラー映画のようにも感じられるこの作品は迫り来る日本の暗澹たる未来へ警鐘を鳴らしているようにも思える。

キネマ旬報ベストテン第6位 ★★★★☆

 

 

 

『マイ・ブロークン・マリコ』2022年

監督 タナダユキ

原作 平庫ワカ

 

感想)ブラック企業に勤務する26歳の椎野トモヨ(永野芽郁)は、幼馴染で親友の五十川マリコ(奈緒)がマンションから転落死したとテレビニュースで知って呆然とする。マリコは子供の頃から父親(尾身としのり)からDVを受け高校生の時に父に強姦されていた。マリコの遺骨が父親の所にあると知ったトモヨは、包丁を鞄に入れマリコの父が住むアパートに向かう。

 

タナダユキ監督はコミック漫画が原作ということを逆手に取り、コミック原作だからこそ可能な突出感を映画の中で出そうとしたように感じる(トモヨの一人語り、旅先での突飛な言動、トモヨがアパートのベランダからジャンプして川下まで転げ落ちるシーンなど)。ただ、その突出感は、トモヨのマリコに対する依存的執着心の底に存在するであろう「孤独感」として観るほうに伝わって来なかった。人物の感情にリアリティを与えるのは単なる言葉(台詞)だけではない何ものかで、それを映像表現として伝えることの難しさを感じる作品だった。★★★★

 

 

 

『LOVE LIFE』2022年

監督 深田晃司

 

感想)大沢妙子(木村文乃)は再婚して、夫の二郎(永山絢斗)自分の連れ子の敬太(嶋田鉄太)と大型団地でそれなりに幸せに暮らしていた。二郎は息子のチェスの大会優勝を祝う会で、父・誠(田口トモロヲ)の誕生日をサプライズで職場の同僚たちと一緒に祝福した。部屋の中のカラオケ大会で盛り上がっている最中に事故が起きた。事故は全く予測できず誰の責任でもなかったが、妙子はそれ以来夫婦関係や義母義父との関係に微妙な変化を感じる。そんな時、行方不明だった妙子の元夫・パク(砂田アトム)が突然夫婦の前に現れる。

 

一見幸福そうに見える夫婦間に生まれる小さな亀裂。家庭崩壊の萌芽は深く静かに潜行している。深田晃司が得意とする人間の内奥を見つめる愛憎心理劇。妙子は元夫のパクがホームレスのような生活を送っていることを見過ごすことが出来ず面倒を見るようになり、二郎は職場の同僚で元恋人の山崎(山崎紘菜)との関係にまだ未練を残している様子。父の急病の知らせで韓国へ帰るというパクを見送りに行った妙子はそのままパクと韓国行きの船に乗ってしまい・・・

 

木村文乃が夫と元夫との間で自分自身にも分からない心の葛藤に迷う女性を、ある時は感情を爆発させ、ある時は深い苦悩を静謐さの中に表現している。ラストに見えてくるのは『水の中のナイフ』のような迷い道。★★★★★

 

 

 

『やがて海へと届く』2022年

監督 中川龍太郎

原作 彩瀬まる

 

感想)大学のテニスサークルの新入生歓迎コンパで初めて言葉を交わした真奈(岸井ゆきの)とすみれ(浜辺美波)は急速に親密さを深めて行った。周囲の学生たちの軽いノリに合わせられず自分を表現できない真奈は、周囲に溶け込んで楽しそうにしているすみれが羨ましい。そんな真奈にすみれは、「チューニングするだけだよ。周波数を合わせるラジオみたいに」と答える。

やがてすみれに恋人が出来、真奈とすみれの関係にも変化が見え始める。

 

中川龍太郎監督が監督した『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2015年)の女性版のように感じられた。親友がある日突然自分の前から消えてしまい、その消えた理由も分からず喪失感を抱えたまま生きる女性の再生の物語。その中に東日本大震災で喪失感を味わった人々の姿が重ね合わされている。

「私たちには世界の片面しか見えていないと思うんだよね」真奈にそうつぶやいたすみれの言葉が中川監督が伝えたかったもう一つのテーマになっているように思えた。内気で周囲に上手く溶け込めず、自己表現できない女性を演じた岸井ゆきのは『愛がなんだ』『ケイコ目を澄ませて』とは全く違うキャラクターを巧みに演じていて演技力の高さを認識させ、光石研、中崎敏(はや)、新谷ゆづみも印象に残る演技を見せる。★★★★☆

 

 

 

『夜明けまでバス停で』2022年

監督 高橋伴明

 

感想)45歳の北林三知子(板谷由夏)はチェーンの居酒屋店で働き、店で提供されている寮に住んでいるが、その一方、手作りのアクセサリーをアトリエに置かせてもらい販売もしていた。

アトリエのオーナーのマリ(筒井真理子)からはアクセサリーの仕事一本でやって行くことを勧められたがその決心はつかなかった。そんな中、コロナウイルスが広まり政府からは飲食店の営業時間短縮を迫られ、居酒屋の方の売り上げは急激に落ち込み、

三知子を含む3人の女性が退職を告げられた。店の寮も出なければならず、寮付きの仕事を探していた三知子はようやく介護職の仕事を見つけるが・・・

 

コロナウイルスの世界的蔓延は多くの人々を路頭に迷わせた。

そして2020年に、終バス後のバス停で寝ていたホームレスの女性が殺されるという『幡ヶ谷バス停殺人事件』が起きた。

この作品はその事件をモチーフにして作られ、監督高橋伴明の政府、政治家への怒りがストレートにぶつけられている。それまで何とかやり繰りして生きていた人々の運命がコロナウイルスによって一転、行き場を失った人々はどのようにこの状況をやり過ごそうとしたのか。SNSなどの情報で一方的に憎悪の感情を募らせていく人々。マスク、反マスク、ワクチン接種、反ワクチン派の対立、混迷する社会状況の中で、高橋伴明監督、梶原阿貴脚本によって仕掛けられた怒りの爆弾は政府、政治家を木っ端みじんに爆破したのか。仕事、住居、金を失い路頭に迷う夢を見た。

キネ旬ベストテン第3位 ★★★★★