『ある男』『花束みたいな恋をした』『あちらにいる鬼』1月の映画鑑賞記録2024 | レイモン大和屋の <シネ!ブラボー>

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映画感想、読書感想を備忘録として書いてます。
三浦しをん氏のエッセイを愛読しています。
記憶に残る映画と1本でも多く出会えることを願っています。

1月の映画鑑賞記録PART4です。

 

『ある男』2021年

監督 石川慶

原作 平野啓一郎

 

感想)宮崎県のある町で林業に従事していた谷口大祐(窪田正孝)はある日作業中に足をすべらせ倒れた木の下敷きになって亡くなった。群馬県の伊香保で旅館を経営している谷口の兄・恭一(眞島秀和)がやって来たが、仏壇に飾られた大祐の写真を見てこれは弟ではないと言う。大祐の妻・里枝(安藤サクラ)は以前離婚問題で世話になった弁護士・城戸(妻夫木聡)に真相解明の調査を依頼する。城戸が調査を進めていくと、そこには予期せぬ意外な真相が見えてくるのだった。

 

人が本名を偽り、別の人間として生きていかなければならないほどの消し去ってしまいたい過去。断ちがたい親子の血の繋がり。暗躍する戸籍交換ブローカーの存在。弁護士である城戸自身が内部に抱える出自に関する引け目。平穏に見える家庭内にいつ訪れるかもしれない危機。現代社会に内在する人間の不安を石川慶監督が娯楽サスペンスを加味した心理劇として緊張感のある演出で描く。全く考えてもいなかったであろう妻・香織(真木よう子)の秘密を知った城戸が最後にとった行動とは・・・ 

キネ旬ベストテン第2位 ★★★★☆

 

 

 

『花束みたいな恋をした』2021年

監督 土井裕泰

 

感想)京王線明大前駅で終電に乗りそびれた大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)は同じく終電に乗り遅れたカップルに誘われ深夜カフェに行くと、そこには押井守本人がいて、麦は思わずまじまじと見とれてしまう。カップルと別れた後、絹は思わず麦に声をかける。「押井守いましたよね?」「え」「押井守いましたよね、さっきの店に」「ええ!ご存じだったんですか」。麦と絹の出会いは押井守がきっかけだった。話してみると二人が好きな作家や趣味も共通していた。急速に気持ちが惹かれ合い、麦と絹はやがて多摩川沿いのアパートで同棲を始めた。

就職の季節がやって来たが、二人は自分が本当にやりたいことを優先させるために麦はフリーのイラストレーター、絹は近所のアイスクリーム屋でアルバイトを始めるが・・・

 

京王線明大前は府中競馬場(東京競馬場)へ行く時になじんだ名前。この作品は主人公たちに感じるリアリティが観客の共感を呼び、作品としての高い評価と興行的ヒットにつながったのではないだろうか。今どきの大学生がストリートビューに自分が写っていて友人たちと大騒ぎする姿にリアリティがあるかどうかは分からないが。絹の好きな作家は、ホムラヒロシ、イシイシンジ、

ホリエトシユキ、シバサキトモカ、オヤマダヒロコ、イマムラナツコ、オガワヨウコ、タワダヨウコ、マイジョウオウタロウ、

サトウアキ。麦の部屋の本棚には三浦しをんの小説が10冊以上あった。デビュー作『格闘するものに〇』も麦の本棚にあった。美術、小道具に〇 キネ旬ベストテン第10位 ★★★★

 

 

 

『あちらにいる鬼』2022年

監督 廣木隆一

原作 井上荒野

 

感想)1966年、作家の長内みはる(寺島しのぶ)は、徳島の講演会で作家の白木篤郎(豊川悦司)と知り合いほどなく男女の関係になった。その関係は白木の妻の笙子(広末涼子)も知っていたが、笙子は白木を責めることをしなかった。白木の女癖の悪さは承知していて、笙子はつい先日も愛人と思われる病んだ女の入院先を見舞ったばかりだった。みはるにも若い愛人(高良健吾)がいてその関係は白木も知るところだったが、あえて二人の問題に介入はしなかった。みはると白木、妻・笙子のいわく言い難い奇妙な関係は白木の晩年まで続いて行くが・・・

 

1960年代半ば過ぎから、白木の晩年(死)までをクロニクル的に回顧した懐古趣味的な匂いが強く、なぜ今この映画なのかと疑問を感じたが、井上荒野の原作が出版されたのが2019年だったと知ってやや納得。作中の長内みはるは瀬戸内寂聴、白木篤郎は井上光晴がモデルになっている。(原作者の井上荒野は井上光晴の長女)

 

瀬戸内寂聴と井上光晴の関係は原一男監督の『全身小説家』という井上光晴が主人公のドキュメンタリー映画ですでに知られているし、文学ファンには周知の事実。劇映画という創作をまじえた虚構の中で瀬戸内寂聴と井上光晴がどう描かれるのか興味があったが、二人の関係性に新たな驚きはなくむしろ妻の笙子の描かれ方に興味を覚えた。原作ではどう描かれていたのか分からないが、終盤で笙子が知り合いの男(村上淳)と不倫関係になりそうになるも、男のほうが委縮してしまい事が成就しないというシーンが物悲しい。不倫した女と不倫相手の男、その妻、この三人が修羅場を演じることもなく共存している姿に白木(井上光晴)の人間的魅力がほの見える。

★★★★