『異人たちとの夏』(大林宣彦監督 1988年)     | レイモン大和屋の <シネ!ブラボー>

レイモン大和屋の <シネ!ブラボー>

映画感想、読書感想を備忘録として書いてます。
三浦しをん氏のエッセイを愛読しています。
記憶に残る映画と1本でも多く出会えることを願っています。

『異人たちとの夏』(監督・大林宣彦 原作・山田太一 脚色・市川森一 撮影・阪本善尚 音楽・篠崎正嗣 1988年)

 

出演・風間杜夫、名取裕子、片岡鶴太郎、秋吉久美子、

   永島敏行、ベンガル、奥村公延、角替和枝、峰岸徹、

   入江若葉、笹野高史 他。

 

テレビドラマの脚本家・原田英雄(風間杜夫)は妻子と別れ、

ほかに住んでいるのは一人だけという寂しいオフィスビルの一室を仕事場にしていた。ある夜、同じビルの三階に住んでいるという女(名取裕子)がやってきて、「シャンパンを開けたのですが一人では飲みきれないので一緒に飲んでもらえませんか」と求められる。テレビドラマの制作関係者の間宮(永島敏行)に別れた妻と交際がしたいと申し出を受けたばかりでイライラしていた英雄は「今、仕事が忙しいので」と言って冷たく追い返した。

 

取材で新橋の地下にある幻の駅を見学していると、夢中で写真を撮っているうちに連れのスタッフとはぐれてしまい、そのまま思い立って浅草を訪ねてみることにした。夕暮れの浅草の街は英雄に懐かしさをよび覚ました。浅草は12歳まで両親と一緒に暮らした町だった。浅草演芸ホールに入った英雄は客の中に父の英吉(片岡鶴太郎)とそっくりな男を見つけ、帰りしなに男に声をかけられる。付いていくとそこには母の房子(秋吉久美子)が待っていた・・・。

 

 12歳の時に交通事故で死んだはずの両親が浅草を訪ねてきた英雄の前に幽界からこの世に現れる。英雄は懐かしい両親に再会できたことで有頂天になり、過日冷たい態度で追い返した女・

藤野桂(ケイ=名取裕子)とも親しく接するようになって体も交えた。英雄は浅草の両親が住むアパートを度々訪ねていくうちに次第にやつれ、目の下に隈ができ、仕事仲間やケイにそれを指摘されるが自分では気が付かない。ある晩、ようやく自分の醜怪な姿に気付き恐怖を覚えた英雄は両親に別れを切り出す。子供の頃に行った馴染みのすき焼き屋に英吉と房江を招待する。英吉も房江もこの時が来ることを覚悟していたと言い、もうこの世にいる残された時間はわずかだと告げた。泣きながら両親に感謝の言葉をかけた英雄の前からやがて消えていく二人。英雄と連絡が取れないことを案じた間宮が英雄のオフィスビルを訪ねるとビルには三階の窓だけ灯りがついていた。そこでビルの管理人(奥村公延)から奇妙な話を聞かされた間宮は急いで英雄の部屋に駆けつける。老いた英雄がケイと一緒にベッドに腰をおろしていた。一瞬、英雄を掴んで天井に舞い上がろうとするケイを間宮が蹴りをいれて引き離した。ケイは英雄に一緒にシャンパンを飲んで欲しいと言って拒絶されたその夜にナイフで自分の胸を引き裂いて自殺していたのだ。ケイはこの世で成仏できず英雄に執着する以外に孤独を慰めることができず浮遊していたのか。ケイが英雄と親しく酒を酌み交わした夜、英雄が書いたドラマの中に好きな言葉があるのとケイは言った。「過ぎ去ったことは取り返しがつかないと言うけれど、そんな事はない。誰のものでもない自分の過去なんだから好きなように取り返していけばいいじゃないですか」。おそらく、この言葉が大林宣彦監督からこの映画を観た人たちへのメッセージなのではないだろうか。終盤までは郷愁をそそる幽冥境の人情噺かと思い、山田太一や市川森一らしいテレビドラマの世界かとおもっていたら、終盤のラスト13分前で大林ワールドが炸裂した。☆☆☆☆☆(☆5が満点)