『海炭市叙景』(2010年 監督熊切和嘉)谷村美月×竹原ピストル×小林薫×加瀬亮 | レイモン大和屋の <シネ!ブラボー>

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 『海炭市叙景』(2010年 原作・佐藤泰志 監督・熊切和嘉 

        脚本・宇治田隆史) 

 

出演・谷村美月、竹原ピストル、小林薫、南果歩、加瀬亮、

   山中崇、中里あき、三浦誠己、あがた森魚、大森立嗣、

   伊藤裕子、村上淳 他。

 

原作者佐藤泰志の「函館3部作」は3作(本作のほかに『そこのみにて光輝く』(呉美保)『オーバー・フェンス』(山下敦弘)が映画化されているが、『海炭市叙景』はその第一作目にあたる。函館をモデルにした架空の街・海炭市を舞台にして5つのエピソードが連鎖して行く人間ドラマ。

 

1話 海炭市の造船所で働く兄妹(竹原ピストル・谷村美月)は小学生の時に親を亡くし今は二人だけで生活していたが、造船所の不況による合理化で二人は退職を余儀なくされる。大晦日の年越しそばを一緒に食べた後、初日の出を見るため山の展望台へ行くが帰りに兄の颯太が待ち合わせの場所に戻らず、妹の帆波はもう閉店するという麓の売店で兄を待ち続ける。2話 新しく商業団地として町を開発するために昔から住んでいる家の立ち退きを迫られるトキ(中里あき)。ある日飼っている猫・グレが行方不明になって探し続ける。3話 プラネタリウム施設で働く比嘉隆三(小林薫)は妻・春代(南果歩)が夜の水商売の仕事で深夜に帰宅し、息子との関係も上手く行かず悩む。妻の浮気を疑い、ある晩、車で春代の勤める店に向かう途中春代に似た女が乗った車とすれ違う。4話 地元でガスの販売店を経営している目黒春夫(加瀬亮)は新規事業として浄水器の販売を始めるが、東京から来た浄水器会社の営業萩谷博(三浦誠己)と営業方針で揉める。家業を譲り受けた父や家にいる妻・勝子(東野智美)とも諍いが絶えない。息子のアキラ(小山燿)は塾の授業をさぼりプラネタリウムに行く。勝子に知られ殴られるアキラ。

5話 路面電車の運転手萩谷達一郎(西堀滋樹)は、電車の運転中東京に行っているはずの息子・博(浄水器の営業社員)を見かけ、元旦墓参りに来ていた息子と再会する。故郷のこの町が嫌いだという博は家には寄らず「また来る」と言って父と別れる。

フェリー乗り場の待合室のテレビには元旦の朝、臥牛山で遭難した颯太のニュースが流れていた。一軒残ったトキの家の横では開発工事が始まっている。玄関前に椅子を出して日向ぼっこをしているトキのもとに行方不明だったグレが帰ってくる。

 

冬の海炭市の寒々とした雪景色、不況の波が人々の心まで凍らせるのか、どのエピソードも暗い現実を反映しているかのように重苦しい。だが海炭市の風景は私自身が北海道に住んでいたこともあり何処か懐かしい。5話に出てくるスナックのホステスたちが話す北海道弁のリアリティ。監督の熊切和嘉が帯広出身という事もあるのか、北海道独特のアクセントや訛りへのこだわりは他のシーンでも同じように生きている。(北海道でも青森に近い函館近辺と他の地域ではまた違うらしい)。ドキュメントで流れる函館(海炭市)の映像と物語(映画という虚構の中)で描かれる映像の感触は違う。北海道を舞台にした映画はこれまでにも数多く作られてきたが、市井のごく普通の人物を主人公にした映画は佐藤泰志「函館3部作」による映画化作品がどれも魅力的だった。どの作品も映画の登場人物たちと同じ時間を共有したいと思わせ、その土地に根付き、呼吸し、生きている人間の息づかいが聞こえてくる。1話の造船所で働く兄妹の話から始まり、5話の路面電車の運転手の話までは同じ時間(12月初旬から正月辺りまで)に起きた出来事で、海炭市という場所で同じ時間を生きていた人々の物語である。人は意識することもなく同じ時代、同じ地球上、日本という場所、同じ時間を生きている。海炭市に暮らし、日々葛藤しながら生きている映画の中の彼、彼女らと同じように。辛い日々の生活に訪れるささやかな希望や喜び。

「日の出が終わったら、私たちはあの場所に戻るのだ」。

キネマ旬報ベストテン第9位。☆☆☆☆☆(☆5が満点)

(Yahooブログに書いた感想を加筆修正して掲載しました)