松江を朝5時7分発のやくもに乗って、岡山に7時41分着。


大阪に向かって電車を乗り継ぎ、11時前に弁天町に着きました。


駅員さんにコインロッカーの場所を訪ねると、もうコインロッカーはいっぱいだろうとのこと。


万博公式荷物預かり所への行き方を教えてくれました。


リュックから紙袋に着替えなどいらないものを全部移し替えて、タグをつけて預かってもらいましたが、


23時までに受け取りに来ないと処分されてしまうとのこと。大変です。


すっかり身軽になったので、夢洲にGo!


要所要所に係りの人が立っていて案内してくれるので、まったく迷うなんてことはありません。なんて親切!


11時半頃、夢洲に着きましたが


12時からの入場予約だったので、まだ早いかもと思い、


出口に向って階段を登っていく人たちを眺めながら15分ほど待ってしまいました。


もったいない。


地下鉄の駅から出ると案内に従って進んでいきますが、すごい人で、東ゲートまでの道のりが長い、長い。


入場できたのは12時40分頃でした。


とにかく入場できたので、嬉しい気持ちで、まずはマップをゲットします。


1日目の目標は、チェコ館とオーストリア館に行くこと。


けれど、マップを見ているはずなのに位置関係が全然わかりません。


案内板で現在地を確認するたびに、どんどん離れていくという謎。


広い!!


途中、ベンチに座って休憩しながら、ようやくチェコ館を見つけましたが、


長い列で、早速、並び始めました。


1時間弱待ってようやく館内に。


螺旋状の通路を進むうちに、ワクワクがだんだん、だんだんしぼんでいきました。


思えば、万博そのものが初めてで、パビリオンがどういうものかもわかってないし、予備知識ゼロ。


チェコ館を、えー、これだけ??と思っているうちに屋上に出てしまい、


チェコ料理を楽しもうかとも思いましたが、
 

表のメニュー表の値段を見て、


チェコビールは他でも飲めるし、チェコ料理店は東京にもあるし、チェコでも食べたし


万博じゃなくてもと思い、降りてきてしまいました。


3日間通ってわかりますが、万博はやはり下調べが命。


パビリオンの満足度も、その人が何に興味を持っているかによって大きく変わります。


例えばチェコ館は、建築に興味を持っている人だったら、きっと満足度大。


あんなに建物そのものを体験できるパビリオンはありません。建材も軽量化を追求した新素材のものでした。


音楽が好きな人なら、ちゃんと予定を調べてコンサートが見られたら、それも満足度大。


あと、レストランでビールを頼めば大きなジョッキで出してくれて、きっと素敵なチェコ体験ができたのに、


すべて前もって調べていなかった自分が悪かったわけです。


今はチェコ館は素敵なパビリオンだと思っています。
 

ところで、暑い中ほとんど何もできずにさまよっているうちに、時刻は夕方4時になり、


万博の印象は最悪。


本気で残り2日間はキャンセルして、別のところに行こうかと考え始めていました。


やっと見つけたオーストリア館も入場制限をしていて、どうしたらいいかわからず、


ようやく列に並んで、入場できましたが、


ここで印象が大逆転。


展示は3つの空間によるものでしたが、


空間1では、150年前、オーストリア帝国の使節団が明治天皇に贈ったベーゼンドルファー社製のグランドピアノの自動演奏をバックに、オーストリアと日本を結ぶ人物や歴史が映像で流されます。


映像も見なければと思いながら、自動演奏の鍵盤に目が釘付けに。


空間3では頭上に圧倒的なオーケストラの音楽と映像が広がり、


"未来を一緒に作曲"をモットーに、次々と明確なメッセージが現れます。


心震えました。


俄然、楽しくなってきて、


次に何となく並んだルーマニア館では列がほとんど動かず、座り込んでうとうとするほど待ちましたが、


入場すると、劇場型の会場で


最初に大画面に美しいルーマニアの自然の映像が流れ、


その後は、若い女性奏者二人によるピアノとバイオリンの演奏で、民族音楽を2曲も!


これまた大満足でパビリオンを出て、


もっと遅くまで万博会場にいることもできましたが、預けている荷物のことも気になって


"まだ明日があるから" と


8時過ぎには、打ち上がる花火を後ろ向きで歩いて眺めながら、


楽しい気持ちで東ゲートを抜けて、


人の波に混じって夢洲駅に向かいました。
 


2025. 8. 13



夢洲に着いたことだけでボーっとしてしまい、15分くらい上がっていく人たちを眺めてしまいました。



チェコパビリオン。螺旋状の通路をぐるぐると上がっていきます。



ガラスの展示。









大屋根リングの下に立った時は感動しましたが、その後、広い会場に慣れず彷徨いました。