菅原純先生が昨日ご紹介されていた
『今朝のウイグル語』



yoli bashqa, menzili bir.
道は別でも、目的地は一つ。



私が見たのは元旦の朝だったのですが、



出会うべき言葉とは段階を踏んで、そのタイミングで出会うんだなぁ、と思います。不思議です。



(すべての道はローマに通ず、だったらピンと来なかったかも。



そういう意味では、やはり言葉との出会いとはあると思います)



昨日、「好き」と「得意」についての動画を観て、あぁ、そうだなと思い、



(好きだけど苦手なことと、嫌いだけど得意なことがあったら、後者を仕事にした方がいいということ)



「得意」を仕事にするのに、好きはいらない、と思ったらすっきりしました。



一方、ずっと「好き」をやり散らかしてることに自分でもすごく迷走感がありましたが、



去年からやりたいと思い始めていて、全然進んでいないことがあり、



この諺を見た時、それを目的地にするならそこにすべての「好き」を集約できると、



直感的に、暗示的に感じられたのでした。



別の話ですが、初日の出の後、久しぶりに道に会いに来ました。



葉をすっかり落とした木々の枝は、正気が感じられず、ポッキリ折れてしまいそうに見えます。



それは骨を連想させました。



けれど、新緑の季節にはまた若葉が芽吹き、夏は青々と繁ることを私は知っています。