数年前、すごくはまっていた映画があった。
「モーリス」(1987)
ちょうどいろいろあって苦しかった時期に、縋るようにのめり込んでいた作品だった。
どのくらいハマっていたかというと、英語、日本語字幕のDVDはもちろん、ドイツ語、フランス語、イタリア語の吹き替え版、原書(英語)、日本語、イタリア語、チェコ語、スペイン語、フランス語訳の本も持っていた。
語学は苦手で、読めもしないし聞けもしないのに、なぜかそういうハマり方をしてしまう。
モーリスファンの友人もでき、親交もあったのだが、いつしか途絶えてしまった。
ハシカのように一時夢中になったけどもう見返すこともない、そんな認識だった「モーリス熱」がなぜか昨日あたりから突如、再燃。
きっかけは、たまたま動画配信サービスで観た「君の名前で僕を呼んで」(2017)
最初観た時、あまりピンと来なかったけど、クレジットに脚色ジェームズ・アイヴォリーの名前を見つけて何だか懐かしい気持ちに。「モーリス」の監督だった。
何回か見直してみると、確かにこれは評価どおりによい作品だと思う。
生活の環境は数年で変わっていくのを実感する。
わざわざ借りに行くのは面倒だなあ、と足が遠のくと配信サービスでドラマや映画が家で気軽に観られるようになって、視聴習慣が戻ってくる。というか、新たな視聴習慣ができる。
読書ももうおっくうで嫌だなあと遠ざかっているとkindleが読んでくれる。
以前、「モーリス」に救いを求めていた頃の悩みは今はほとんどなくなり、新たな心配事はあるけれど、永遠に続く悩みなんてそうそうないんだな、ということを教えてくれる。
「君の名前で僕を呼んで」ではジェームズ・アイヴォリーは昨年のアカデミー賞の脚色賞を受賞したが、それも新鮮な驚きだった。
ジェームズ・アイヴォリーは過去の人ではない。ならば「モーリス」もまた。
そして原作者のE.M.フォースターの思いもまた、1900代初頭からリープして何度でも現代に蘇ってくるのだろう。
昨年電子書籍化されたばかりの『モーリス』を今朝、ベッドの中で読みながら、そんなことを考えた。
当時の悩みは消え、余裕も出てきたので、環境の利便化の恩恵も受けて、また『モーリス』の世界と向き合ってみようかと思う。
それにしても、まったく知らなかったが、昨年はジェームズ・アイヴォリーのアカデミー賞脚色賞受賞もあってか、「モーリス」の周辺にすごく動きのあった年だったらしい。
日本語訳の電子書籍化、スペシャル・エディションのDVDやブルーレイの発売、そして何より劇場での記念上映。
映画館で観ることはもう決して叶わないと思っていたので、今、知って、ちょっと心の中でのたうってます 笑
