菊池浩之氏の「日本の15大同族企業」を読了。同族企業は明確な定義はないものの、創業家が多数の株を保有し、世襲で経営権を掌握している企業といって差し支えないだろう。ただ創業家の後継ぎが優秀とも限らず、また、会社の成長の中で創業家が力を失い、もはや同族企業とはいえない有名企業も数多い。専門経営者が、脱創業家を掲げて創業家が経営に関わらなくなったケースもあれば、社内クーデターで創業家が締め出されるケースもあれば、創業家とつかず離れずちょうどよい距離感を保っている企業もある。千差万別である。本書は、同族経営という観点から、有名企業の創業家との関わり方についてまとめている。
しかし、考えてみれば、民間企業は元国営企業でもない限り、創業者がいるはずであり、ゆえに当初はすべての企業は同族企業だったわけである。それが、相続のために株式売却したり、資本増強の中で持ち株割合が希薄化したり、後継ぎに恵まれずに、徐々に同族企業から非同族企業へとなっていくのが普通なのである。そう考えてみると、創業家が数代にわたって経営権を維持する企業のほうが稀有である。企業は最初は同族であるが、徐々に規模が大きくなると社会の公器となるのだ。
トヨタ自動車の場合、持ち株比率は高くないものの豊田家がいまだに影響力を及ぼしているが、それは後継ぎだからと甘やかさずに、難度の高い業務を与え、実力を冷静に評価し、周囲の理解を得つつ社長・会長へと昇格させたからだという。しかし、パナソニックは、松下幸之助の孫がパナソニックに入社した際に、経歴に傷がつかないように難度が低い業務を担当させたために経営の実力がつかず、最終的に副会長にとどまった。
大正製薬はいまだに創業家の上原家が大株主に名を連ね、社長を世襲しているが、これは稀なケースなのである。一方、鹿島建設は、創業家の鹿島家が大株主には名を連ねるものの、創業家を役員に据えることには興味がなく、社長は専門経営者が担っている。ブリジストンの石橋家も同様である。
出光興産はもともとは「家族主義」を掲げていたが、七代目が専門経営者に社長職を譲り、金融機関等の支持も取り付け株式上場を実現し、脱同族化に成功した。意図的に脱同族をはかった企業もあるが、一方、日本生命保険は跡取りが急死してしまい、専門経営者へ禅譲をせざるを得なくなったようなケースもある。これらはまだ穏便なほうだが、松坂屋にいたっては、社内クーデターのようなかたちで創業家が締め出され、第18代目になるはずだった長男は松坂屋への入社を禁止され三越に入社することとなったそうだ。東急電鉄・西武鉄道は二代目にこそ恵まれたが、三代目への継承を失敗している。
本書が書かれたのが、2010年であるが、その後も企業の世襲・創業家のお家騒動は跡が立たない。一番目立ったのは大塚家具だろう。創業家の長女の大塚久美子が父親と経営方針の違いから委任状争奪戦へと発展し、娘が勝利するが経営が悪化。ヤマダHDに買収されてしまった。父親は匠大塚を新たに創業し、事業を展開している。大戸屋のお家騒動も話題を集めた。創業者が死去したが、経営陣が創業者の残された妻と息子を冷遇し相続税の支払いのこともあり、妻と息子は株式をコロワイド社に売却したのだ。結局、大戸屋はコロワイド社に買収され、創業家を冷遇した窪田健一はコロワイドにより解任され、2026年に創業者の長男が大戸屋の社長に就任し、創業家の復権を果たしたのだ。
まさに企業にドラマありである。経済環境は変化するので、時代についていけない経営者では会社が倒産してしまう。時機にあった経営者に経営を任せるのが良いのかもしれないが、気が付いたら創業家は締め出されてしまうかもしれない。創業家が世襲してうまくいっている企業もいつまで続くのかは未知数である。創業家にも思いを馳せながら経済ニュースを眺めたい。
