この前、ベトナム中部のダナン・ホイアン・フエを観光してきた。特典航空券でビジネスクラスで空いていたのが、ベトナム路線ぐらいしかなかったのだが、古都フエはいつか行きたいと思っていたので良い機会だった。

 

さて、ビジネスクラスのお食事。中距離便ですので、そこまで豪華ではないのですが、広い座席で映画鑑賞しながら楽しむには十分過ぎますね。機内だとシャンパンとかも美味しいと感じないのだが、機内の低い気圧、乾燥、騒音などが味覚に影響を与えることが科学的に分かっている(LINK)。

 

フエは政府の中央直轄市で、ベトナム最後の統一王朝の阮朝(グエン朝)の王都だった。人口約130万人の中規模都市であるが、市の中心街には高層ビルもあり、写真のような小規模ながらショッピングモールもあって意外と都会だった。

 

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世界遺産の順化皇城の正門。北京の紫禁城を模しているが、建築様式などにはフランスの影響なども強く出ている。やはり北京の紫禁城に比べると規模は小さいがそれでも広大である。1945年にベトナム八月革命が起こり、ベトナム史上最後の皇帝のバオダイ帝が退位し、皇城から去った。ベトナム戦争においてかなり損傷し、焼失した建物も多いが、ドイモイ政策以降に修復の機運が高まり、現在、本格的に修復・保全活動が行われている。いまでも修復作業中の建物が多くあり、15~20年ぐらいは修復に時間を要するとみられている。

 

建忠殿。カイディン帝のときに建てられたフランスとベトナムの折衷様式であるが、なんとも過剰装飾である。カイディン帝はフランスの意向で擁立された皇帝であり、フランスの影響が強く出ている。1946年にベトミンによって破壊され、これは近年になり復元されたもので、1階のみ公開されている。次の写真のカイディン帝廟もフランスの影響を受けている。

 

カイディン帝廟。フエには帝廟がいくつかあるが最も有名なのがこちら。ミンマン帝廟、トゥドック帝廟も有名で、いずれも訪問したが、初期の皇帝は中国の影響を受けている一方で、王朝末期にはこうしたフランスの影響を受けており、フランスの激動の歴史を感じられる。

 

ティエンムー寺のトゥニャン塔。1601年に建立されたフエ最古の寺院。塔は、第3代皇帝のティエウチー帝のときに建てられた。大越国は儒教・仏教・道教を保護していたが、ベトナム南部のチャンパ王国は、ヒンドゥー教(特にシヴァ派)とイスラム教を受容しており、また、フランスの保護国になってからはキリスト教の影響も受けている。しかし、社会主義化されたことで現在では無宗教が9割近いそうだが、民間レベルでは宗教行事等も行われており、日本に似ているなと思う。

 

こちらはベトナム最後の皇帝のバオ・ダイ帝が暮らしていたアンディン宮殿。皇帝の色である黄色が印象的であるが、外観はフランス風である。バオ・ダイ帝はフランスに留学経験もあり、革命後はフランスに亡命し、フランスで亡くなった。数奇な運命である。

 

内部は完全にフランス風。調度品なども皇帝にふさわしいしつらえであるが、ただ冷房もなかった当時、こうした建築はベトナムの気候にあっていたのだろうかとちょっと疑問である。正直、ちょっと暑そうである。

 

こちらはホテルのスカイバーからの眺めなのである。高い建物がないが、王宮等があるため高層ビルなどの建設はかなり制限されているからだそうだ。私が泊まったホテルがVinpearl Hotel Hueであるが34階建てとなっている。

 

フエからホイアンに移動したのだが、まずはダナンへ移動。ベトナム鉄道で3時間の鉄道旅。Grabでもよかったが、鉄道にも興味があったので乗ってみた。たしか2000円ぐらい。老朽化しており、あまり快適とはいえないが、移動するだけであれば問題ない。個室があるけどどうする?と聞かれたが、別に不自由があったわけではないのでソフトシートの座席で過ごしていた。

 

ダナンから古い街並みが残るホイアンへ。ホイアンでランチ。バインミーの有名店で食事。観光客向けでこぎれいな店内で、フランスパンも食べやすい。それにしてもこちらのアメリカーノは本当に薄味ですね。

 

こちらはホイアンの来遠橋、通称が日本橋。当時、日本はホイアンと交易をしており、1000人ほどの日本人が住んでいたそうだ。2万ドン紙幣の絵柄としても採用されている有名なスポットである。橋だが中に入るのにはチケットが必要である。

 

ホイアンはランタンの街だけあって、ランタンがそこら中にかかっている。古い街並みが綺麗に保存されており、なんともエモイ。

 

夜はこんな感じでランタンが美しい。

 

なお、転覆が怖いので乗船せず。