評論家の中野剛志氏の「基軸通貨ドルの落日」を読了。東大教養学部卒業後に通産官僚となって、エディンバラ大より博士号を取得している。TPPの反対派の論客として有名になり、新書「TPP亡国論」はベストセラーになった。ただ結局、米国はTPPから脱退して、TPPは米国陰謀論は、なんだったんだろうという感じだった。もともと中野氏はTPP反対派ぐらいの認識しかなかったが、本書を読むと、彼の経済学の理解は、哲学的なところにあるように思う。現代の数理的・実証的な経済の前提理解にも疑問を呈し、ユニークな論を広げている。
トランプ大統領の関税政策は、本質的には通貨政策であり、それを「ミラン論文」と「マールアラーゴ合意」などから紐解いていく。戦後の経済体制だったブレトンウッズ体制は、ニクソンショックで終焉したが、現在のアメリカ経済の様相は、当時と酷似している。トランプ大統領の目論見としては、現在の国際通貨体制を米国有利なものに作り替えたいという思惑があり、現在起きているのは”ニクソンショック”の再来だと分析している。そして、興味深いのは、当時は冷戦期でロシアが脅威だったので、ニクソンは中国に急接近したが、現在、アメリカの覇権を脅かしているのは中国であり、そのためにロシアに急接近をしているという。具体的に言うと、台湾有事の際に、米国は、中露2か国を相手に戦争をしたくないのだ。ゆえにロシアを懐柔しておいたほうがいいというものだ。
そしてこのニクソンショック後に出現したのが変動為替相場制、金融化、グローバリゼーションである。これにより、賃金上昇抑制、通貨安政策で輸出を強化したドイツ・日本などの「輸出主導レジーム」型の国と、金融化等を進めて債務膨張を招いていて輸入に頼る英米などの「債務主導レジーム」型の国の2つの体制が確立する。米国は債務で購買力を増して、それを輸出主導レジームの国の輸出がその需要をとらえた。本来だと需要増加でインフレになるはずが、中国などの安価な商品が米国のインフレを抑制したのだ。これがバーナンキのいう「グレートモデレーション」だ。しかし、債務膨張はいつかははじける。借金でバブルが起きても、そのバブルはやがてはじけ、金融化する経済の中で新たなバブルが生じる。こうして「輸出主導レジーム」の国では貯蓄過剰が起き、一方で、「債務主導レジーム」の国では債務膨張が起き、グローバルインバランスが生じてきた。「輸出主導レジーム」は賃金抑制・通貨安政策で、内需は拡大せずに、米国が債務によって作り出す巨大な需要を獲得してきたが、これがインバランスの原因であり、この結果、米国の製造業は凋落してしまった。このインバランスを解消しようとしているのが、現在のトランプ政権である。ここの解説はその通りだと思う。ただ製造業は米国では人手不足であり、それが上手く機能するかは未知数である。
トランプ大統領の「アメリカファースト」の理念からも、国際紛争への関与の在り方からも、米国が覇権国といえるかは微妙なところである。だからといって、中国が覇権国になるとは思えない。覇権国家ない状態で「第二次冷戦」になるだろうと文献を参照しながら指摘している。これは領土的な争いではなく、金融・生産・デジタルのネットワークの中心を巡るせめぎあいである。いま世界各国はどちらのネットワークに与するのかという岐路にあるという。日本は米国側につく場合、トランプ大統領の政策にあわせると、賃金上昇により内需を拡大し、「輸出主導レジーム」を捨てることを強いられるという。果たしてそれが可能かどうかは分からない。
中野氏は、今後について考えるよりも前に、現在の現実を直視して、本質を理解することが重要であるとして、本書を書いたようだが、十分にその役目を果たしている。知見の広さと深い考察力はさすがだなと思われる。
ただ第二章で貨幣の考え方について、「信用貨幣論」と「商品貨幣論」を紹介し、それぞれの貨幣観の相違から生じる政策の違いを紹介しているが、ここらへんの考え方は「現代貨幣理論」によるものだろうか。一般的なものではないと思うが、読んでみると、そういうとらえ方ができるのかと学びになった。ただ一方で、暗号通貨・暗号資産については、もっと深い議論が欲しかった。

