成功した企業経営者の主人公が、若きインターンに出会い、内に秘めた願望を発露していく。会社での権力関係が、男女間では逆転し、次第にその深みにはまっていく様をスリリングかつ官能的に描く。本作でニコール・キッドマンは、ヴェネツィア国際映画祭で最優秀女優賞に輝いている。

本作はフェミニズムの映画である。女性は支配されることを欲するマゾヒズムを生来的に持つというフロイトの説が昔は一定の影響力があった。実際、本作の主人公は企業経営者として成功し、権力を持つが、実は権力欲や支配欲は強くない。社会的に求められたからそうした役を演じているように見える。しかし、内心には被支配欲があり、それを若きインターンに見抜かれて、欲望に溺れてしまう。主人公のアシスタントのエスメは、権力ある女性は違うことを求めると思っていたと話すシーンがあるが、まさにこれを示唆している。しかし、映画の終盤では我に返り、企業経営者の役割に復帰している。

これは社会的役割と、自己の欲望の葛藤である。主人公がもし男性であれば、もはや本作は批判の対象だったかもしれないが、主人公が女性であることで、フェミニズム作品として出来上がっている。成功した女性と欲望を描いている点で「TAR/ター」との類似性が指摘できるだろう。

主人公がこうした精神構造となった背景として、幼少期のカルト団体での経験がもとではないかと考えているが、そうではなく、私が生まれつき持つ気質という結論に行きつき、自身と向き合えるようになったように描かれている。過去の出来事に責任を転嫁するのではなく、自己の内なる欲望や欲求に正直になり、社会的役割と折り合いをつけたのだ。

それにしても本作は音楽の使い方もすごい上手だった。丁寧に描かれた上質な映画だったが、前提知識がないと、ただの中年女性が若い男性に溺れてるだけに観えてしまうのも事実。

 

★ 3.9 / 5.0