本日は山﨑亮汰さんのピアノリサイタルへ行ってきた。Youtubeで演奏を聴いて以来、一度生演奏を聴いてみたかったピアニストである。ジーナ・バッカウアー国際ジュニアピアノコンクール日本人初優勝、ピティナピアノコンペティションにおいて史上最年少タイの15歳で特級グランプリを受賞、その2年後にはクーパー国際コンクールで優勝を飾った早熟の天才である。その後、コンクールで名前を聞かなかったが、研鑽期間だったのだろう。徐々にコンクール出場を再開したようで、3年前にハワイのケアロヒ国際コンクール、2年前に名のあるブゾーニ国際ピアノコンクールで第3位入賞を果たしている。今年のヴァンクライバーンコンクールにも出場予定らしいが、ぜひ健闘してほしいものだ。彼の才能であれば、もっと若い時に著名なコンクールでも入賞できただろうにと、部外者ながらふと思ってしまうのだが、つくづく自分の浅ましい功名心が嫌になる。

 

[プログラム]

ショパン :ノクターン ハ短調 Op.48-1
ショパン :バラード第2番 ヘ長調 Op.38
シューマン :幻想曲 ハ長調 Op.17

 (休憩)
ショパン :幻想ポロネーズ 変イ長調 Op.61
リスト :ピアノソナタ ロ短調 S.178

 (アンコール)
ショパン:ノクターン 嬰ハ短調 遺作

 

演奏後のトークでも、「ヘビーなプログラム」と自身で話していたが、実際、かなりの重量級の曲が並ぶ。特にシューマンの幻想曲と、リストのロ短調ソナタはそれぞれ30分の長大な難曲である。それにしてもおっとりとして真面目そうで優しいお人柄がトークに出ている。演奏の感想だが、シンプルに上手いなと思う。ピアノを上手く鳴らせて音は明瞭、安定感があり、テンポもバランスが良く、技巧的なポートも難なく弾きこなす。ダイナミックさと、繊細な音の響きがバランスよく調和した素晴らしい音楽の造形である。

 

プログラムでみると、シューマンの「幻想曲」が前半で、後半にリストの「ロ短調ソナタ」を配しているのが興味深い。シューマンがリストに献呈したのが幻想曲で、その返礼としてリストがシューマンに献呈したのがソナタなのである。シューマンの幻想曲は3楽章から成り、もともとソナタだったが、結局、幻想曲と銘打たれた。当時、シューマンは、クララとの結婚を猛反対され、不安定だった時期である。転調が多さや曲調にそれが表れているが、一方で、夜に恋焦がれるかのような響きも感じ、その不安定な揺らぎに胸が締め付けられる。幻想曲はソナタだったといったが、標題に「フロレスタン」及び「オイゼビウス」が付けられていた。これはシューマンが自身にある二面性を表現した自身のペンネームで、フロレスタンは明るく外向的で積極的、オイゼビウスは優しく内向的でロマンティストを意味する。シューマンは双極性障害だったといわれているが、自身でも自覚があったのだろう。ちなみに、シューマンはリストから返礼のソナタを受け取る前に河に身を投げて精神病棟に入院し、その後亡くなったというから、この幻想曲とソナタは、シューマンの生と死にも絡む曲である。

 

シューマンの「幻想曲」も名曲として名高いが、リストのロ短調ソナタも画期的な曲である。リストのロ短調ソナタは、ソナタであるのに楽章に分かれておらず、単一楽章の構成なのだ。長大な曲ながらリストはソナタに標題を与えていない。当時としてはあまりにも斬新で、これを受け取ったシューマンの奥さんのクララ(当時としては珍しく作曲も行った女流ピアニスト)は、ソナタを酷評しており、評価は分かれていたようである。現在では様々な分析が加えられ、リストを代表する傑作として評されている。

 

ピアノ史に並ぶ大曲を前半・後半に持ってくるとは、その勇気も素晴らしいが、これを勇猛に演奏しきった技量と才能も恐れ入る。山﨑亮汰さんはおそらく着実に円熟を重ねて名演奏家になるのだろうなと思う。安定感ある演奏で聴衆を魅了してほしい。結果は水物ではあるが、ヴァンクライバーンコンクールは良い結果だといいなと思う。