著者の平芳裕子氏は、神戸大学院のほうで教鞭をとっており、表象文化論・ファッション文化論を専門としている。ファッションは学問足りえない浅いと考えられることが多かったが、最近になりファッション研究が進み、徐々に学問として体系だってきたように思われる。博物館や美術館においても、服飾部門を設け、ファッションをテーマにした展示を行っている美術館なども珍しくはなく、ファッションがアパレル企業の生み出す単なる商品から、展示される主体へと昇華してきている。

 

そんな最近のファッションスタディーズについて、著者の平芳氏が、東大の吉田寛先生に招かれてファッションの集中講義を行った内容を書籍化したのが本書である。12のテーマを通じ、文化・芸術・消費行動などの切り口でファッションを分析し、歴史と未来に問うている。新書にしても250頁超で、少々ボリュームがあるが、とても読みやすい。導入本として読むのには最適だ。ただ出典や参考書籍があるとなおよかった。

 

「ファッションがなぜ学問に?」と疑問に思うかもしれないが、ファッションという現象は面白いものだ。体を保護するのが目的であれば、衣服はここまで多様なデザインである必要はない。中世では服装とは階級を示すものであり、貴族は貴族らしい服装、農民は農民らしい服装をしていた。富裕層であっても平民が貴族と同じ服装をすることは法令で禁止されたこともしばしばである。現代のように好きな恰好をできるようになったのは、革命によって階級社会が打破されたことに起因する。我々日本人が洋服を着替え始めたのは、明治時代頃からだが、和服から洋装に着替えたのは近代化と国体変更のメルクマールだった。この点ではファッションとは歴史や社会情勢とも相関がある。

 

現代では人々は好きな服装を楽しめるが、ある人はナチュラリストだから自然に優しい衣服を手に取り、一方で、ある人はこれ見よがしなブランド品を身に着けるかもしれない。前者は、自然派のものを購入することがアイデンティティに関係しており、消費によってアイデンティティ形成に一役買っている。後者は、ウェブレンのいう「見せびらかし的消費(顕示的消費)」であり、例えば、自分の経済的地位を示すものとして服装を用い、つまり、衣服を”経済的な成功”の記号として使用している。ファッションとは現代において消費行動の面からも分析が可能である。

 

ファッションといっても多様な社会現象であり、研究しがいがあるテーマである。本書ではそこまで言及されていないが、例えば、LVMHの創業者のアルノー氏は企業を次々に買収しラグジュアリーブランドの帝国を築いたが、これはマーケティングや企業戦略からも分析が可能であろう。一方で、ファッションデザイナーに着目して分析することも興味深い。すでに女性の身体の解放という点などで、シャネルを論じる識者は多い。

 

教養として本書を読んでおいて損はない。ファッションの奥深さを知れる良本である。