前から読みたかったのだが、すでに絶版で中古本も高いので、母校の早稲田大学図書館に通って読了した。現在の上皇陛下も論文をいくつも発表し、ハゼの研究では第一人者といっていいほどの功績がある。昭和天皇も生物学者の側面もあり、現在の天皇陛下も水問題(大学院で水運史を学ばれている)の研究、水問題秋篠宮様は家禽類の研究を行われている。悠仁様も昆虫等の生物研究に熱心に取り組まれている。さて、天皇家の方々はなぜ生物学を研究するのだろうか。
これは日本が近代化するにあたり、範とした英国王室の影響らしい。大航海時代に世界各地の植物や動物などが収集されるようになり、それが博物学(自然科学に関する学問)として徐々に欧州の上流社会に浸透していき、上流階級の嗜みとなったのである。また、当時顕微鏡は極めて貴重で、家一軒に相当するほどの高価なものだった。つまり、博物学を嗜み、顕微鏡で研究を行うというのは、知性と財力のある上流階級の証だったのである。
実際、世界に派遣された調査船などは王室のバックアップがあった。ビーグル号に乗船したダーウィンも裕福な医師・投資家の家に生まれであるし、船長を務めていたロバート・フィッツロイ海尉も祖父がグラフトン公爵で、父方からイングラド王の血を引き、母親もロンドンデリー侯爵令嬢という上流階級の生まれである。学術研究はやはり費用がかかるので、上流階級ではないと行えない。ちなみに、ファラオ・ツタンカーメンの王墓発掘の資金提供者は英国カーナヴォン伯爵である(居城がドラマ「ダウントンアビー」で撮影地として有名)。この奥さんのアルミナ伯爵夫人はオーストリア帝国男爵アルフレッド・ド・ロスチャイルドの隠し子とも伝えられる。
日本の皇室にあっては、帝王学の観点から政治学などを学ぶべしという論調も強かったそうであるが、西園寺公爵や牧野伯爵(大久保利通の次男)などの進言もあり、生物学の研究に取り組まれたそうである。ちなみに、分類学を主に研究されているのは、研究者数も少なく論争が起きにくいためだそうである。皇族が論争に巻き込まれることは望ましくはないという配慮のようである。天皇家は政治学を学ぶべきではないというような意見もあるが、そういうことはないらしい。言われてみれば秋篠宮様は学習院大学法学部政治学科卒である。昭和天皇は歴史学を学ぶとあらぬ論争に巻き込まれると否定的だったようであるが、故三笠宮様は古代オリエント史の研究者で、今上天皇も政治学を学ぶべしという周囲の声もあったが、学習院大学文学部史学科を選ばれている点からすると、やはりご本人の意向が尊重されるようである。
本書では欧州の上流社会についても触れられている。例えば、スポーツでいうと、英国のみならず欧州ではサッカーは労働者階級の娯楽である。貴族のスポーツは射撃、乗馬、ヨット、ポロなどである。欧州では階級社会が温存されている。インドは階級社会が残っているが、アジア圏は中国・ベトナム・カンボジアのように共産化したり、日本はGHQで華族制が廃止されたりなどしたため、階級意識がない国が多い。こうした階級社会の視点から皇族の学者的な側面を分析した、なかなか面白い着眼点の本であった。ちなみに、著者の丁宗鐵さんは医者で、日本薬科大学学長を歴任した漢方専門医だそうだ。

