本作は音楽が先にあった。石橋英子のライブパフォーマンスの音楽に合わせて上映する映像(『GIFT』)を濱口監督に持ちかけたのが本作誕生のきっかけだという。その映像作品の製作の中で自然界には善も悪もないというアイディアが本作の下地となったそうだ。

本作は第80回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員賞)を受賞し、この受賞によって濱口監督は、世界三大映画祭及びアカデミー賞の全てにおいて主要賞の受賞を果たすこととなった。これは日本人監督としては黒澤明以来の快挙である。

それにしても音楽が魅力的だし、映像も美しいし、淡々とした作品であるのにとにかく目が離せない。映像も人間の視点と、自然が人間を眺める視点とが交錯し、あくまで人間も自然の一部であると思わせられる。

撮影は長野県諏訪郡で撮影されたそうだが、諏訪は是枝裕和が手掛けた「怪物」でも撮影地として使われている。本当に美しい土地で何度か訪れているが本当に魅力的な土地だ。近く訪れたいと思った。本作を観て、以前行ったとき鹿を車窓にみたことを思いだした。

そんな土地を舞台に、グランピング開発を行おうとする事業者と、その地域に住む人々との間で生じる軋轢を描いたのが本作である。おそらくラストは合理的には整理がつかないだろう。

【ネタバレ含む】
詳しくは書かないが、個人的には花は”自然”、事業者の高橋と黛が自然を利用する”人間”、巧をその”中立的立場”のメタファーとして捉えた。ラストはその調和の破綻ではないかと思う。しかし、その中でもがきながらも進んでいくのが人類なのだと、ラストの息遣いが訴えかけてくるようだった。しかし、興味深いのは、そうした相反する概念の対立すら自然界には存在しない人工的なもので、勝手に人間である観客の脳内の思い悩みにしか過ぎない。

監督は本作が持つ意味や理由を明らかにはしておらず、あくまで観客側に問いを投げかけている。自然を切り開いて行う事業開発の良し悪しに答えはない。そうした問題の複雑性それ自体を、人間と自然の両サイドから描写しているように思われた。

 

それにしても高橋と黛の自動車のやり取りが個人的には印象的だった。「ドライブ・マイ・カー」でも自動車という閉塞的な環境でこそ、心が打ち解けられて本音が出てくるという描写があるが、本作でもその描写が用いられている。

本作は「ミツバチのささやき」やゴダール作品の影響も受けているようだが、浅学の私は残念ながらその知見を持ち合わせていないのが悔やまれる。ただ本作はあれこれ考えなくても映像と音楽の美しさに酔いしれるだけでも観る価値がある。ぜひ視聴をおすすめしたい一本であった。

 

★ 4.2 / 5.0